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2014/06/24

第一次世界大戦の掃海艇受難(2)

前項からの続きです。
第一次世界大戦対独戦での機雷除去では、日本船がばんばん沈みます。防諜その他の御為ごかしな理由で自軍の損害を伏せた太平洋戦争と違い、このころはまだまじめに発表していましたから、掃海作業の危険を了解してもらおうと、海軍省はマスコミを通じて国民に訴えます。
1914年10月3日の東京朝日新聞「掃海の危険と苦痛 谷口(注・尚真)海軍省副官談」から引用します。太字挿入はおじさんによります。

今回、膠州湾(こうしゅうわん)攻撃に於て(おいて)は、我(わが)掃海船の1、2隻を失ひ、若干の殉難者を出したるは誠に遺憾の至りであるが、掃海事業の為め(ママ)に掃海船の損傷を被るは事業の性質上、到底避くべからざる義務であつて、此(この)犠牲あるが為めに我艦隊は敵塁に接近して、有効なる砲撃を加へる事が出来るのである。而して斯く(しかしてかく)の如きは、独り我国(わがくに)のみでなく、日露戦争の際、我機械水雷の為めに沈没したる露国の掃海船は其数、少なくとも10隻に達したのであらうと思はれる。兎に角、死傷者に対しては誠に同情の至りであるが、一旦戦争を開始した以上は相当の犠牲を払ふべき事は実際已むを得ぬ(やむをえない)次第で、よく掃海の危険と苦痛を承知せられたいものである。

戦争を遂行するためには、相当の犠牲が出るのは仕方がない。軍人の職業意識がよく表れていますね。戦争とはそういうもの。かつての交戦国ロシアまで引き合いに出して世論の沈静化を図ったわけです。
しかし、その翌日の同紙に、まさに悲壮な見出しが躍りました。「又も機雷にて沈没 悲壮なる掃海艇の最期」より引用します。太字挿入はおじさんによります。

先に労山湾外の掃海中、暴風雨の為め(ママ)暗礁に打付けられ(ママ)沈没したる掃海船第六長門丸の補充として9月18日午後、佐世保を発し戦地に向ひたるトロール船弘養丸は2日払暁(注・明け方)、董家湾外にて夥しく(おびただしく)残存せる敵の機械水雷を括りつつ僚艦と共に掃海作業に従事中、又敵の機械水雷に触れ、恐ろしき爆音と共に立騰る(たちのぼる)水煙の裡(うち)に船体を没したり
僚艇らはそれを見て、直に(ただちに)救助に赴きたるが、船体は瞬間に沈没して遺憾にも3名の戦死者と2名の重傷者と9名の軽傷者を出すに居たりたり。掃海隊の勇士は何れ(いずれ)も各艦より選抜したる決死の士のみにて、一人だに生還を期せる者無く、壮烈なる戦死は素より(もとより)覚悟の前にて、勇士も本懐とする所ならんも、続け様に斯く有望なる士卒を失ひたるは、我海軍の為め返すがえすも遺憾至極なり。以て掃海作業の如何に艱苦(かんく)多きかを察するに足らん。(後略、引用おしまい)

相次ぐ沈没で掃海作業が困難になりました。民間船を徴発したんですが、これも爆沈。7等だの8等だのといった勲章が、さぞいっぱい授与されたんだろうね。引用から省略した後半部分には、戦死と重傷者の名前が並んでいます。今になってそんな新聞、改めて読みたくないよね。
みんなは今のところ戦争しちゃいけない国に住んでいます。そのありがたさと、それを失うこわさについて考えてみてほしいな。

2014/06/23

第一次世界大戦の掃海艇受難(1)

集団安全保障を行使して、機雷の掃海作業ができるように憲法を解釈しましょう、と政府与党が話を進めています。戦闘行為は行わない、機雷除去に限ると言われると、自衛隊が常に安全な状況下で活動する正義の味方みたいだね。
現実にそんなことが可能なのでしょうか。対ドイツ戦が始まった1914年9月6日の東京朝日新聞「殉難者の叙勲」から引用します。

膠州湾(こうしゅうわん)掃海事業に従事中、怒濤の浚ふ(さらう)所となり殉死せし、出征第二艦隊所属水雷艇隊乗員乗員海軍一等兵曹菅原重、三等兵曹渡邊新之助、二等水兵岩田伊三郎、一等機関兵後藤仲久、三等機関兵野口米蔵の5氏に対する論功行賞は、既に海軍省武功調査委員会の審査を終へ、一両日中に八代(注・六郎)海相より御裁可を奏請する筈(はず)なれば、前記殉難者5氏に対し、勲7等青色桐葉章及(および)勲8等白色桐葉章と共に御下賜金の御沙汰を伝へられるべし。(引用おしまい)

戦闘に入る前に死者が出てしまいました。戦時下での航海はリゾートクルーズと違うので、天候を選べません。命の代償は、7等とか8等とかにランキングされた勲章と涙金。現在でも何か起きたら同じような扱いになると思うよ。
もちろん、機雷除去に実際に従事する船もあります。次は1914年10月2日の同紙「掃海船機雷に触る」から引用します。

加藤(注・定吉)第二艦隊司令長官報告 特務艦若宮丸、掃海船第三長門丸は9月30日午前、労山港外(注・中国青島)に於て(おいて)作業中、敵の機械水雷に触れ、前者はその艪部を損して戦死1名、負傷6名を生じ、後者は沈没して戦死3名、負傷13名を生ぜり。(後略、引用おしまい)

ついに戦死者が出ました。今は遠隔操作で爆雷できるからこんな事故は起きない?除去技術が進めば、それを阻止するための技術も進歩するものです。青島では、ドイツ軍による銃撃を受けながらの決死の作業。「戦闘行為は行わない」場合、撃たれっぱなしでいるということなのでしょうか?
機雷の掃海がいかに危険なのか。この項、続きます

2014/06/21

日英同盟と日米同盟

集団的自衛権の議論が、急に集団安全保障に切り替わって、与党公明党は連立相手である自民党にすっかりなめられていることがあらわになりました。
 いざ戦争になれば地球上のどこで交戦状態になってもおかしくないのに、「我が国の安全保障に直結する近隣地域に範囲をしぼる」なんて眠たいことを言うからつけ込まれる。
今日は、第一次世界大戦に日本が参戦した時の事例を引いて、「集団的自衛権の地域限定行使」なる夢物語をわらうことにします。
1914年、第一次世界大戦が始まると、イギリスは日英同盟を根拠に、アジア地域のドイツ軍と戦うよう、要請します。問題は日本の戦場を、ドイツが駐軍する中国・青島はじめ近海に限定するのか、しないのか。
当時、ドイツは南太平洋のマーシャル諸島を治めていました。そこからドイツ艦隊が中国にやってくると、日本のリスクは高まります。1914年8月31日の東京朝日新聞「戦局限定せず」から引用します。

英国官設新聞局は、日本の戦闘参加区域は支那領海より一歩も踏出さざる(ママ)ことに決定したる如く伝へらるるも、既に帝国が独逸(ドイツ)に対し宣戦を布告した以上、敵の艦隊が支那領海以外に在る(ある)とも、東洋の平和を保障するに危険なりと認むる場合は、其○洋たると○海たるとを問はず、○○すべき自由を有する次第にて、既に○洋方面に○○の○○しつつあるに徴するも、戦域の限定せられざるは明か(ママ)なりと。(引用おしまい)

戦下にあり、伏せ字にされているものの、週末のクロスワードパズルより簡単に解けます。「東洋の平和を保障するに危険なりと認むる場合は、其外洋たると内海たるとを問はず、進軍すべき自由を有する次第にて、既に南洋方面に艦隊の航行しつつあるに徴するも、戦域の限定せられざるは明か」ですね。
東洋の平和を保障するに危険なりと認むる場合」は、現在の自民党の集団的自衛権行使要件「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるおそれ」にそっくりです。
実際、日本海軍は南洋に艦隊を送っています。戦線は常に拡大するのです。今回の日米同盟による集団的自衛権と集団安全保障の問題において、歴史をかえりみない公明党に期待してはいけません。国民の声しかアテにならないのが情けないね。

2014/06/18

イシハラの子はイシハラ

石原伸晃環境大臣が、除染土の中間貯蔵施設予定地選定問題で、福島の人たちを傷つける暴言を吐いて、原発事故に苦しむ県民の皆さんをいじめています。
以前には第一原発を「サティアン」と呼んだこともありました。サティアンとは昔、東京の地下鉄などに毒ガスをまいて、無差別殺人を実行した宗教団体の施設の名前。決していい意味では使わないんだ。
原発事故被災者の救済は環境大臣の大事な仕事の一つだから、普通なら福島の人たちの気持ちを考えれば、役立たずは交代させるんだけど、大臣を替えると内閣のダメージになるから、たぶん安倍さんはそのまま続けさせるよ。
今日は、なぜ石原大臣がこんな暴言ばっかり言う困ったちゃんになってしまったのかを、歴史を振り返りながら考えてみたいと思います。大臣のお父さんは、国会議員から東京都知事になった人です。石原慎太郎といいます。
知事になって外国人差別、女性差別、高齢者差別、障がい者差別と、思いつく限りの差別的発言を繰り返してきました。
今回は慎太郎お父さんが自民党国会議員として、省庁のトップだったころの発言をピックアップしてみます。まずは環境庁長官として、水俣病という公害病の視察に熊本県に行った1977年4月24日のことです。石原長官の宿泊するホテルに、胎児性水俣病患者の坂本しのぶさんらが押しかけてちょっとした騒ぎになりました。翌25日の朝日新聞から引用します。

(前略)坂本さんらが問題にしたのは、22日夕、水俣市の患者施設「明水園」で、坂本さんが石原長官に渡した抗議文について、その夜の記者会見で石原長官が「物事を疑うわけではないが(しかし)ごく素朴にみてこれを書いたのはIQの低い人たちでしょう。(それにしては)非常にしっかりとした文章というか、あるタイプの文章だ……」と話した点。(引用おしまい)

思わず目をそむけたくなるような公害病患者差別発言ですが、事実です。次は1977年10月4日の朝日新聞から引用します。

環境庁の記者クラブは、3日、石原環境庁長官に対し、8月発行の月刊誌「現代」9月号の紙上でのインタビュー発言中、同記者クラブに対し、いわれのない中傷をしたとして、4日午前中までに謝罪を求める抗議文を手渡した。
(中略)抗議文で、特に問題としているのは「環境庁にいてもね。ここの記者クラブの記者とのたたかいは壮絶なものですよ。自分とこの新聞で没になった原稿が、共産党の赤旗に載る記者なんかが何人かいる」と発言した部分。
記者クラブでは(中略)3回にわたり石原長官に対し「この発言は当記者クラブ所属の報道姿勢に対する重大な中傷である。発言の根拠となった事実を明示してほしい」と文書で要求していた。
しかし、長官はこの点についての具体的事実を示さず、9月30日の記者会見で「自分の信頼する人から聞いたもので、具体的事例を自分の目で確かめてはいない。しかし、信頼できる人の話なので事実だと思う」との趣旨の発言をして自らは伝聞の事実関係を確かめなかったことを認めた。(引用おしまい)

「赤旗」は日本共産党の機関紙です。露骨な共産党に対する思想差別とマスコミへの職業差別意識には、分析心理学的興味すらおぼえてしまいます。決して謝らないのも、石原家の家訓のようです。
最後に1988年1月22日の朝日新聞から引きます。石原お父さんは、運輸大臣になっています。今で言うと国土交通大臣だね。以下に引用します。

「ブタ小屋とトリ小屋の間を走っているような状況では、日本のリニアの技術を世界に印象付けられない」--欧州でのリニアモーターカーの開発状況を視察して帰った石原慎太郎運輸相が、21日の記者会見で、こんな発言をした。発言は、宮崎県日向市内にあるJR鉄道総合技術研究所のリニアモーターの実験線(約7キロ)を指しての表現。リニアモーターカーに熱い期待を寄せる関係者の間に波紋を投げかけた。(後略、引用おしまい)

今度は地方差別。果たしてまだやり残した差別はあるのかな?石原伸晃大臣があんな人に育った理由がよくわかります。
息子さんの方は、ニューヨークの9・11テロのことを「キリスト教支配に対するイスラム圏の反逆で、歴史的必然」などと、およそ政治家だとは思えない発言もしています。
おじさんには理解できません。理解できるのは唯一、父親がああだから息子もこうなったとの歴史的必然のみです。

2014/06/16

日本の一番長い駄文

第二次世界大戦敗戦のちょうど1年前の1944年8月15日、朝日新聞に小さな記事が載りました。米陸軍第20航空隊の司令官にルメーという人が着任、とあります。彼こそが後に日本中の中核都市を焼き尽くし、50万人以上が亡くなったとも言われる戦略爆撃を立案したカーティス・ルメイ(Curtis LeMay)少将でした。
日本軍が占領していた島々を奪った米軍は、そこに飛行場をじゃんじゃん造って本土空襲を始めます。ルメイは爆撃機の飛行高度を下げて命中精度を上げ、市民が逃げられないような焼夷弾の使い方を実践します。
さあ、これ以上死傷者を出さないように知恵を絞るのが言論機関本来の仕事。果たして何ができたのかな?1945年6月7日「元兇ルメ-、思ひ知れ 暴爆専門、下劣な敵将」を、以下に引用します。太字挿入はおじさんによります。

やりをったな、カーチス・ルメ-。お前が東京や大阪、名古屋、神戸などの爆撃の戦果写真をひねくり回しながら「東京には、もう重要な軍事目標はなくなった」とか「東京はもう復活できないであらう」などと勝手な気炎をあげて悦に入つてゐることをわれわれは聞いてゐる。ハンブルグ(ママ)の絨毯爆撃に味をしため(注・しめたの誤植か)お前が今年1月末、マリアナに居座ってこのかたの29による都市爆撃の惨禍をわれわれは隠さうとはせぬ。
文化の破壊とか無辜(むこ)の女子供の虐殺とか--といふ言葉が、空中サーカスの曲芸師上りの下劣なお前には一向にこたへぬことは、とつくの昔からこちらも承知してゐる。ましてや嗜虐性精神異常者のお前は、焼ける東京の姿に舌舐めづり(ママ)をして狂喜してゐるに相違ないし、個の将領として遇するにふさはしい品性を持ち合はさぬお前には、われわれもそれに相応する復讐を考へてゐる。
お前の猪首に荒縄をかけて、焼跡を引摺り(ママ)回す。お前は部下たちの仕事の跡をそれで耽能(たんのう)出来るだらう。これこそお前にもつともふさはしい最期に違ひない、と考へてゐるのだ。お前は都市への絨毯爆撃、日本への飽和爆撃で国民の戦意破壊(注・ちゃんと読み取れず)を夢みてゐるかもしれぬが、焼け跡に立つたとき、われわれの思ひはお前をここに引きずり回す日の一日も早きを願ふ気持で一杯になるのだ。
(中略)昨年8月には支那を基地とする米第20航空隊司令に転じ、B29による西日本の爆撃を行ひ、本年1月過ぎにマリアナを基地とする第21爆撃隊司令として着任し、今日までひきつづきB29による対日爆撃を指揮してきた男だ。今後は、欧州戦で彼の後任として、第8航空隊司令となり、対独戦略爆撃を行つてきた中将ドウリットルの来援を待つていよいよ対日飽和爆撃を強化すると揚言している。
「沖縄戦を契機として、新展開を見せる」といふ今後の航空作戦に対して、彼が得々として語つた言葉「日本々土の爆撃目標は最短時間に最大量の焼夷弾を落す(ママ)といふことである」とか「B29を使っての海上機雷封鎖を強化してゆきたい」等々、図に乗った彼は不敵な言辞を弄して、毒々しい敵意をわれわれに叩きつけてゐる。
爆撃によつて倒された人々の無念を晴らすためにも、われわれはどうあつても、このルメ-を叩つ斬らねばなるまい。(引用おしまい)

感情的になり過ぎて、最後は「叩っ斬る」なんて、下手くそな講談の台本にもならないトイレの落書きレベルになってるよね。焼け跡を引きずり回そうにも、ルメイは遠い南の島にいて手出しできない。報道の上ではマリアナでは大勝利なんだから、皇軍が荒縄かついで連行しに行けばいいのにね。長い長い駄文書いてないで戦争やめさせろよ!
いわゆる大手メディアの仕事とは何だろう?国民が不利益を負わないように、権力者の横暴に目を光らせることも大切な役目のひとつでしょうね。近ごろニュースを見たり読んだりすると、戦争になったら自分らも損をするのに。穴だらけの集団的自衛権論議ひとつとめられない体たらくに、これでいいのかなと、おじさんは思います。

2014/06/14

石破幹事長は東条英機の夢を見るか

戦争になると、当事国の国民は一種の集団的ヒステリー状態に陥ります。2003年にイラク戦争が始まった時、おじさんの周りにいた、いつもはリベラルなアメリカ人たちがバーで両腕を振り上げて「USA!USA!」と、そろって大合唱していたのを思い出します。
開戦前になる911ニューヨークテロの後には、「愛国者法(the Patriot Act)」という、市民の人権を大幅に制限する法律が成立。戦争が終わったはずの現在も、オバマ大統領が期限延長の署名をしたことで、効力を発揮しています。権力者は一度手に入れた便利な道具を手放そうとしません。
対米開戦直後の1941年12月17日、日本国民が真珠湾攻撃の熱狂に包まれる中、「臨時の法律」として「言論出版集会結社臨時取締法」が成立します。名前だけで、どんな中身だかわかりますね。翌18日の朝日新聞に東条英機内務大臣(兼首相・陸相)の声明が載りました。以下に引用します。「国内治安の維持、聖戦完遂に喫緊」とのおぞましい見出しが躍っています。朝日新聞も「画期的立法」とベタぼめ。読みやすくするため、おじさんが句読点を加えています。

帝国は今や大東亜戦争の真只中(まっただなか)にあって、国家の総力を挙げてこの征戦目的完遂に邁進(まいしん)しつつあるのである。従って国内における一切の事態は、この厳粛なる事実を基礎として律せられなければならぬのである。本日、国内の安寧秩序保持に関して言論、出版、集会、結社等臨時取締の法律案が臨時議会を通過したことは、かかる国家の要求を充す(ママ)ものである。
抑々(よくよく)戦時下においては、国民の総てが一体となって同じ目的に向って(ママ)秩序ある行動を採ることが戦争目的遂行の不可欠要件であり、これがために行動の制限を受けることはやむを得ざることなのである。本法は、戦時下に在って人心を動揺せしめて社会不安を誘発し、或(あるい)は殊更(ことさら)に国策に反対して国論の不統一を招来する等戦争遂行上に障碍(しょうがい)を及ぼすが如きものに対しては、最も峻厳なる取締を加へんとするものである。しかしながら、純良なる政治、思想の国民運動や言論、文書等の活動を抑圧することは、本法の目的とするところでないことは勿論であって、当局としてはむしろ戦時下にあっては大にこれを助長し、活発旺盛なる国民士気の昂揚(こうよう、注・気分が高まること)を図らんとするものである。
本法の施行と同時に、これに伴ふ内務省令も公布を見るはずである。当局としては本法の運用が上述の目的に添ふ如く慎重なる措置を講ずるのであるが、国民またよく本法の趣旨を理解し、今日史上空前の重大時局下に在て(ママ)、国内治安維持の事柄が、戦争遂行上絶対の要件にある点に深く思(おもい)を寄せられ、相共(あいとも)に協力して、当代国民に課せられたる歴史的使命の遂行に邁進せられんことを切望する次第である。(引用おしまい)

もう狂気の沙汰。掲載する新聞もどうかしてるぜ。敗戦後、これらバカげた法律はこぞってなくなりましたが、このお話を現代より人権意識が遅れていた時代の昔話として笑うことはできません。自民党の石破茂幹事長は昨年、非常時に国民の権利を制限する旨、表明しています。集団的自衛権が行使されると、どうなるのかな?
1941年の亡霊は、まだ日本を徘徊しています。

治安維持法を知らない高村正彦さん

高村正彦・自民党副総裁が集団的自衛権の憲法解釈について以下のように語っています。
「今までの解釈と整合性があって一定の規範性も残し、必要最小限度のものについて認めるといういわゆる限定容認論ですらこれだけ抵抗があるということは、内閣が変わるたびにコロコロと解釈が変わるということは百に一つも無い荒唐無稽の話だ」(平成26年5月21日、詳しくはこちら
内閣が代わっても本当に法解釈は変わらないのでしょうか?今日は1958年11月3日の朝日新聞から、評論家の中野好夫の一文を引きます。岸信介内閣が大衆運動の取り締まり強化のため、警察官の権限を拡大する警察官職務執行法(警職法)改正案を国会に提出、人権を侵害する悪法だとして大騒ぎになりました。今の集団的自衛権の議論に似ています。
本文はその際、改正警職法がどのような結果を生むのか、1925年に成立した希代の悪法、治安維持法成立時の様子を検証したものです。これ一つで、国中の言論活動をたたきつぶせる、為政者にはまこと都合のいい法律でした。太字挿入はおじさんによります。


(前略)まず衆院における中正クラブ板東幸太郎議員の反対演説から-
「本案は意義明確でない。……今日都下の新聞、雑誌、学者、思想家は、みな本案に反対しているではないか。もし日本の将来に反動的な内閣ができて、この法律を乱用するときは実に恐るべきことである。かくのごとき誤解を生ぜしめ易い法律はよろしくない。……されば世論の帰すうを察し、公論に基き(ママ)、適当な機会に完全なる法律を作るのが賢明である」
次には同じく貴族院無所属の徳川義親侯の反対演説から-
「この法案は運営如何によっては重大な悪影響を及ぼすことはないか」
ところが、それらに対する小川(注・平吉)法相の答弁はどうであったか。これがまたいっそう興味深い。
「普選(注・普通選挙。25歳以上の男性に選挙権が与えられた)実施後、労働党、社会党ができるであろうが、本法は適用されないから、決して発育の圧迫となるようなことはない。また本法の解釈はすでに明か(ママ)である以上、現在の司法官を信頼してまちがいはない
この質問、答弁、なんと現在の警職法改正案をめぐる論争に、言葉まで大部分そのままにそっくりではないか。おそらく世界の近代法史の中にあってもっとも悪名高かるべき悪法、治安維持法のその後の運命については、いまさらここで述べる必要はあるまい。以来政府も変わり、法自体の改悪も加わるとともに、乱用はやり放題、「適用されない」はずの革新政党、労働組合は根こそぎ押しつぶされ、芸術家、宗教家まであらゆる不法の下に死の思いをなめさせられた。しかも「信頼してまちがいはない」はずの、司法官はともかく、警察官の方は全然無茶苦茶だった。(後略、引用おしまい)

法律の解釈なんて一度間口を広げてしまえば、やりたい放題になるという典型ですね。高村さんは国会議員なのに、治安維持法の成立過程も知らないのかな?みんなは大事な歴史はしっかり学ぼう。

2014/06/13

明治中後期の勝海舟の存在意義

みんな、勝海舟を知っているかな?時代が江戸から明治に替わる時に、幕府の代表として官軍(今で言う革命軍だね)の西郷隆盛と話し合って、戦争をせずに、幕府の政治の中心だった江戸城の明け渡しを決めた人です。
明治維新後は旧幕臣ということもあって、政治の表舞台から事実上引退していましたが、文章を書いたり、新聞記者に話をしたりして、日本の国が変な方向に行かないよう気をつけていたようです。
今日は、1897年8月10日の東京朝日新聞から、次々に亡くなっていく愛弟子たちの思い出を語る海舟のインタビューを紹介します。この月、明治の元勲と呼ばれた後藤象二郎が死に、陸奥宗光も重病が伝えられました。「勝伯と後藤陸奥両伯」を以下に引用します。句読点とカギカッコ・改行は、おじさんによります。坂本龍馬の名前が出てきますが、「阪本」と書いてあるのでそのままにしてあります。


例の氷川老伯(注・東京の赤坂氷川に住んでいたのでこう呼ばれた)、此頃(このごろ)後藤伯の長逝(注・死亡)と陸奥伯の重病とを聞き、客(かく)に語りて曰く。
「己れ(おれ)が維新前、神戸で海軍兵学校を建てて居った(おった)頃、後藤は塾長をさせて居った阪本龍馬(ママ)からの頼みで暫く(しばらく)入校し、又(また)陸奥は紀州侯(注・今の和歌山地方の殿様)からの頼みと恰度(ちょうど)陸奥の伯父の伊達某も入校して居たる因縁とで入校させたが、二人とも随分乱暴な上に横着者であって、他の乱暴な塾生たちすら彼ら二人には閉口したよ。
併し(しかし)、己れは二人とも其(その)横着な所に見込(ママ)を付けて居ったが、果たして二人とも彼(あ)の通り立派な人間に成ったが、二人ともえらく成ってから己れの所へ面出しもせず、大きな顔をして居るから実はなんだ-恩知らず奴(め)と、腹の立った事もあったが、皆国家の為め(ママ)に一仕事した人間だから、己ゃ蔭(ママ)から常に悦んで(よろこんで)居たが、横着者の一人後藤は既に亡くなり、今一人の陸奥も亦(また)危篤なりと聞く。噫(ああ)、真に残念なり」と語り了(おわ)りて、老顔に涙潜々(さんさん)。(引用おしまい)

勝が幕府の軍艦奉行をしていたころの回想。江戸っ子の伯爵は、なんだかあったかい人ですね。乱暴で怠け者の後藤象二郎と陸奥宗光は、いわゆる武士道精神に反する存在。そこを長所だと見込んで成長させるなんて、なかなかできることではありません。しかも後には敵の立場になったんだよね。勝海舟、当時は勝安芳のふところの深さに、おじさん感動してしまいます。
勝はこの2年後に亡くなりますが、ずっと日本の海外侵略姿勢に苦言を呈しています。もうちょっと長生きしてくれていたら、日露戦争開戦もなかったかもね。
現在の政治に勝海舟を探してみます。いません。戦争ができる国へ突き進む国づくりに注文をつけて、押しとどめてくれる長老はいますか?聴く耳を持つ閣僚はどこにいるの?

集団的自衛権・小沢昭一的遺言

11日の自民党と民主党との党首討論は、両党首による議論の中身の薄っぺらさもさることながら、安倍晋三首相の後ろに居座る与党議員のにやにや顔に、おじさんはいままでにない嫌悪感を覚えました。
集団的自衛権行使という、日本国民の生命の扱いが大きく変わる一大事に、その命を預かる国会議員が、ニタニタ笑いながら議論に野次を飛ばしている。こんな人たちに運命を握られて、自衛隊員は他国の都合のために死地におもむかなければならなくなるとは。サッカーのワールドカップにテレビ、新聞、雑誌みな雁首そろえて大騒ぎしている間に、話がどんどこ決まっていくんだろうなあ。
このブログは普段古いニュースを引っ張り出していますが、今日は2011年4月24日の朝日新聞から、一昨年に亡くなった俳優の小沢昭一のインタビュー記事を紹介します。東日本大震災被災地と、自らが体験した焼け跡からの戦後復興を比べて話していますが、解釈改憲への国民の受け取り方に対する、大事なヒントになると思います。以下に引用します。太字挿入は、おじさんによります。

(前略)当時は「みんなで頑張ろう」なんてかけ声もなかった。みんな焼け跡で、今日を生きることで精いっぱい。てんでんバラバラに頑張るしかなかった。
それまでの「一億一心」から、正反対の「てんでんバラバラ」。この「てんでん」というのは、個人一人ひとりの「自立」なんです。そのてんでんを深めよう、バラバラを深めようと、急に切り替わった。でも、バラバラの価値観をどう深めていくか。それは大変でも、そのために戦争という大きな犠牲を払ったわけですからね。
戦後はみんなが何もかも失って貧しかった。でもその代わり「自由」なるものを味わって、これにすがりつこうと思い、みんなが希望を持った。(引用おしまい)


戦前の日本では、個人の自立は許されませんでした。アメリカでもイギリスでも、戦争している間は一緒だけどね。国民がすがりつく希望が集団的自衛権にありますか?希望を奪うだけではないかな。続きを引用します。

(中略)だから今回、「一致協力」とか「絆(きずな)なんてことが強調されるのが実はちょっと心配なんであります。いつかまた、あの忌まわしい「一億一心」への逆戻りの道になりゃしないかと、そんな気がするんですね。だから私たちの世代には「絆」ってのはちょっと怖い言葉なんです。耳にタコで、こりごりしてる。でも若い人たちには初めての新鮮な言葉なんでしょう。いつの間にか意味がすり替わらないように、気をつけなくちゃいけませんよ。(引用おしまい)


「同盟国が一致して」とか「日米同盟の絆」なんて言葉が昨今飛び交っています。一致協力はサッカー日本代表に任せて、奇妙な絆が結ばれないように、気をつけなきゃいけませんね。おじさんも、地球の反対側のブラジルの様子をテレビで見つつ、地球の反対側へ派遣されるかもしれない人たちのために、ニタニタし過ぎないように、気をつけます。

2014/06/10

プロジェクトX〜巨大権力からNHKを守れ!(2)

前項からの続きです。
取材現場の声に、視聴者が呼応します。9月1日朝日の続きを引用します。

(中略)日本放送労働組合(注・NHK労組)によると、31日までに東京など全国の放送局に視聴者からきた抗議の電話は約600件。鳴りづめの感じ、という。「口座払いをやめて、現金払いに戻す。今度、集金にきた時、じっくり説明を聞きたい」との通告もあった。(注・実際には相当数の不払い世帯が発生)
外部からの電話応対のため、日放労の中執メンバーは、24日から交代で泊まり込みをしている。組合としてはまだ中央からの指示を流していないのに、各職場での抗議の動きが自発的に起きた、という。九州の各放送局では、職制も含めた抗議運動が検討されるなど。「労使の問題ではなく、NHKの本質にかかわることだから、敏感にならざるを得ない」とある中執委はいう。
他方、NHKの広報室は「小野会長は明治の生まれだから、(田中前首相が)逆境の時にこそ慰めるのが、真の友情とでも思ったのでしょうかなぁ。とにかく、我々も報道で知って、寝耳に水だった」。(後略、引用おしまい)

小野会長の援護をするはずの広報室まで、戸惑っているのがわかります。やっぱり「個人的見解」だけで組織を振り回しちゃいけないね。
小野はしばらく会長職に連綿とした態度を取りますが、結局9月3日に辞任を発表します。
労組の運動により、NHKには137万人を超える「天下り会長拒否」の署名が集まり、次期会長選定は難航しました。「天下り」には役人上がりだけでなく、政府が押し付ける人材すべての意味合いが含まれていたそうです。かくして、日本放送協会はめでたくその独立性を確保したのです。
「プロジェクトX」の歴代エピソードと比べても、かなりの名作ですね。ぜひ2014年版のリメイクを望みます。新作では「オノ」を「モミイ」、「タナカ」を「アベ」と、キャストを若干替えねばならないのが手間ですが。
現状のままだと、エンディングに中島みゆきをかけることができません。今のNHKなら、視聴者が思い浮かべるのはユーミンの「あの日にかえりたい」。1976年のあの日に。

プロジェクトX〜巨大権力からNHKを守れ!(1)

企業や法人組織には時々、まったくの別業種だった人や役人が、突然社長になってしまう大人の論理が働くことがあります。その世界をよく勉強していて、うまくかじ取りができる社長さんならいいけど、筋違いのことを言ったりしたりして、会社の信用を失わせる困ったおじいちゃんもいます。そんな人に限って、背後に隠れた何者かの見えない力をアテにして組織を壊してしまいます。
今日は、役人出身のトンチンカンな会長から、日本放送協会(NHK)の存在意義と価値を全力で守った、名もなき男女たちの闘いの物語を紹介します。「プロジェクトX〜言論を死守せよ」、始まるよ。

1976年8月、飛行機受注をめぐる贈収賄疑獄ロッキード事件で逮捕、起訴された後に保釈された前首相田中角栄の私邸に、NHK会長小野吉郎が見舞に訪れました。日本を代表する報道機関のトップが、巨額贈収賄事件主役のご機嫌うかがいに行ったのです。大騒ぎになって、小野会長は、衆議院の事件調査特別委員会に召喚されました。この月26日の朝日新聞夕刊から引用します。

(前略)小野会長は「純然たる個人としての見舞いのつもりで、NHKとはかかわりない。しかしNHKの性格に照らし疑惑、誤解を招いたのは不用意、軽率だったと深く反省している。厳正中立の立場を守ることにかわりはない」と頭を下げた。(引用おしまい)

小野会長は郵政省で一番偉い事務次官だった人です。その時の郵政大臣が田中角栄。NHKの会長になったのも、田中のおかげでしょう。でも、いくら「個人的見解」でも報道機関の会長が大事件の被告の家にあいさつに行くのは非常識だよね。案の定、NHKは炎上状態になりました。朝日9月1日付から引用します。

NHKの小野吉郎会長が保釈直後の田中角栄前首相を「個人として」東京・目白台の自宅に訪問した(24日)ことで、NHK内部では会長追及の動きが広がっている。
「今回の小野氏の行動は、NHK報道の信頼性をいちじるしく傷つけた。小野氏は会長としてふさわしくないことが明らかになった」。東京ニュースセンターの政治、経済、社会部など、報道の一線に立つ七つの部が31日午後7時半から合同で職場集会を開き、協会側に突きつけた決議文だ。集会には、放送記者ら150人が参加した。管理職の親ぼく団体である「部課長会」でも、有志の間で「行動を起こすべきだ」との動きが始まっている。
NHKはいま、大規模な異動の時期。30日夕には社会部が都内のホテルで送別会を開いたが、この問題で持ちきりで、小野会長あてに「貴殿はNHKへの信頼をそこなった」と、辞任を求める文書をまとめ、一般の部員全員が署名した、という。(後略、引用おしまい)

NHK記者全員のジャーナリスト魂に火が着いてしまいました。「個人的見解」で顔をつぶされたんだから当然だよね。今でももし、こんな変な「個人的見解」を振り回すトップがいたら、NHKの記者たちは怒り狂って同様の行動を取るに決まっています。決まっているよね。
この項、続きます

2014/06/08

集団的自衛権・満州事変に学ぶ

今朝の朝日新聞によれば、集団的自衛権の議論はすでに「大詰め」なんだそうです。行使することを決めるのに何か大切なお話が交わされた感じが全然しません。まさに「ナチス憲法」のような「いつの間にか感」です。
政府自民党は、自衛隊が他国の領域に入らない縛りをかけると言っているみたい。でも、おじさんには「領域」の定義すら理解できません。中国が一方的に主張している防空識別圏だって「領域」だもんね。
今日は満州事変が熱を帯びてきた1931年9月25日の東京朝日新聞から、第2次若槻礼次郎内閣の陸軍大臣だった南次郎の発言を紹介します。中国の「領域」どころか、れっきとした領土上で日本軍が侵略戦争を展開していました。国同士のいさかいを調停する国際連盟という組織とアメリカが、撤兵を含む戦闘の停止を持ちかけた際の大臣の対応だよ。
「自衛権と領域」という言葉がいかに便利なものだかよくわかります。以下に引用します。太字部分は実際の紙面でも太字だったところだよ。

南陸相は24日午前11時30分参謀本部に金谷(注・範三)参謀長と会見し国際連盟理事会の勧告並に米国政府よりの通牒について協議したが、就中(なかんづく)米国よりの通牒に対しては、自衛権の発動に対する軍の行動に対し第三国から兎角(とかく)の容かい(注・口出し)は受くべき筋合ではないといふ意味を以て政府並に外務当局をして回答せしむること、及び国際連盟より監視武官の派遣については現に各国武官は観戦武官として実情を視察してゐるのであるからこれ以上特に監視を受けるが如きことは軍の威信上並に士気上断じて不可であるから強硬に拒絶せしむることに一致し24日の臨時閣議において陸相をしてこの旨を明確に表示させることになった。(引用おしまい)

句点が少ないのと、同じような言葉が重複して出てくるから読みづらくて仕方がないけど、要は戦闘は日本の自衛権の問題だからよそ者はぐちゃぐちゃ言うなって主張しています。軍隊の士気に影響するので、監視団も来るなと言っているんだね。
南次郎という人は、軍事と外交の優先順位がまるでわからなかった軍人でした。たくさんの兵士と民間人が殺されて戦争が終わった後、東京・巣鴨の刑務所に収監されて初めてその違いを勉強したのです。
そんな経験から、戦後の日本では自衛隊の運用には文民統制(civilian control of the military)といって、軍人ではない人に権限があると決められています。最高司令官は内閣総理大臣です。
おじさんが心配しているのは、安倍さんが自分を文民だと意識しているのかなってこと。安倍首相は昨年、迷彩服を着て自衛隊の戦車に乗りました。文民は軍服なんか着ちゃダメだよ。そこは大事な大事なケジメ。近年、そんな無神経な振る舞いをしたのは、おじさんの知る限りイラク戦争の戦闘終結宣言をした時のブッシュ米大統領だけです。メンタリティが似ているのかなあ。

2014/06/05

よくわかる集団的自衛権・ルーズベルト提言から学ぶ

集団的自衛権の「限定行使」なる耳慣れない言葉が出てきました。地球の裏側まで行っての戦場で、自衛権の「限定行使」などという都合のいいお話がワールドワイドに通用するのでしょうか?
政治家がキナくさいことを言い出す時、おじさんは過去の歴史から学ぶようにしています。今日は1933年5月16日、ルーズベルト米国大統領が昭和天皇宛てに軍縮と侵略戦争の否定を目的とした、国際平和会議の提議文を送った時の外務省の回答案骨子を紹介します。20日の東京朝日新聞から引用します。前文は省略しています。太字はおじさんによります。


一、ルーズヴェルト提案は帝国政府としても主義上特に意義はない。(注・世界平和を望む積極的平和主義、またの名を「体裁」)
一、但し同提案の示唆する世界平和保障条約の協定が開始せらるる場合、帝国政府は現下の国内的並(ならび)に国際的情勢に鑑み明確なる留保条件を付すべきを主張せんとするものである。(注・自衛権の限定行使を昔は「留保条件」と呼んだんだね)
一、右留保は主として支那の如き特殊国を隣国に有する日本として必要に応じ国家自衛権に基き(ママ)取るべき治安確率のための行動に関する除外例に関するものである。
一、右の如き留保要求は今後の国際平和保障条約に対する日本の根本的要求にして右留保が確認せらるるにおいては米提案の主旨に対し同意し得るものである。(後略、引用おしまい)

核やミサイルを開発したり、識別防空圏・南シナ海や尖閣諸島の問題を抱えたりする相手は、「特殊国」として自衛権が「限定行使されちゃうと際限がなくなります。
もっと気楽に楽しい歴史のお話をしたいのに。みんなの将来のためにおじさんもがんばるから応援してね。

よくわかる集団的自衛権・柳条湖事件から学ぶ

安倍晋三首相は、外国相手だと「法の支配」という言葉を好んで使いますが、集団的自衛権の行使に関しては法治より「人治」を優先しています。「国民の生命と財産を守るため」集団的自衛権が必要なのだと安倍さんは強調しています。
政治家がキナくさいことを言い出す時、おじさんは過去の歴史から学ぶようにしています。
1931年9月18日、中国の柳条湖で南満州鉄道という日本資本の鉄道を、日本軍が爆破する事件が起きました。中国軍のせいにして、領土を侵略しようとしたんだね。日本軍の思惑通りに騒ぎが大きくなって、中国東北部は両軍の戦場になりました。
この3年前、パリで不戦条約が結ばれています。第一次世界大戦の反省から、国同士のもめ事は戦争じゃなくて話し合いで解決しましょうという条項がありました。各国から条項違反じゃないのって抗議が来ました。それへの回答案が1931年10月23日の東京朝日新聞に載りました。以下に引用します。読点と太字はおじさんによります。

(前略)一、帝国政府は1928年のパリ条約に署名せる他の諸国と共にその厳粛なる条約規定に基く(ママ)責任を十分に感ずるものなり(注・最近では積極的平和主義と言うみたいです)。帝国政府の累次声明せる如く日本鉄道守備隊が9月18日夜以降執りたる軍事行動は専ら中国軍隊及び兵ひの無法なる攻撃に対し軍自身を防衛しかつ南満州鉄道及び帝国臣民の生命財産を保護するの必要に基きたるものに外ならず中国との諸懸案解決のため戦争に訴ふる如きは帝国政府の全く考慮せざる所なり。(引用おしまい)

おやおや、安倍さんと81年前の戦争中の政府は、同じことを話していますよ。おんなじ記事から続きを引用します。

二、これ等懸案を平和的手段により解決せんことは帝国政府のかはらざる方針なり。さきに外務大臣より在京中国公使に送付したる10月9日付通牒において帝国政府は現在の事態を調整せんがため中国の責任ある代表者と交渉を開始するの用意あるを明示したるがこの意向は現在においても変る(ママ)ことなし。帝国政府の関する限りは日華間紛争の平和的解決を計らんとする努力を害する恐ある如何なる手段を執るの意思を有せず。(後略、引用おしまい)

太字にした部分は近ごろでは、「対話のドアはいつでも開かれている」と訳されることが多いみたいです。この後、日本は連合国との無謀な戦争への、地獄への一本道をひた走っていく羽目になります。
みんなはどう思いましたか?法律や国と国との取り決めを勝手に解釈して運用することの危うさが表れていると、おじさんは思いました。

2014/06/04

かりゆし閣議の吉田茂的傲慢

スーパークールビズなる「イベント」が今年も始まりました。沖縄の「かりゆし」という服を閣僚全員で着て、沖縄のことがわかったふりをする、夏恒例のキャンペーンです。政権が自民党だろうが民主党だろうが必ずやります。
毎日新聞によれば、菅官房長官は記者会見で「閣僚全員がかりゆしを着ることで国民の皆さんに沖縄の伝統を感じ、知ってもらう機会になればと思う」と語ったとか。69年前の6月は沖縄戦真っ盛り。民間人が矢面に立たされ、最悪の地上戦が繰り広げられて沖縄の人たちが大勢殺されていたのです。
そんな地獄などなかったかのように、「国民に沖縄の伝統を知ってもらう」との上から目線。沖縄に興味なんかない人の言い草です。興味がないから、みんな全然似合ってないよ。かりゆしがかわいそうです。
今日は1954年1月19日の朝日新聞から、吉田茂首相の記者会見での沖縄返還についてのコメントを紹介します。当時沖縄は戦勝国アメリカのものでした。日本に返してもらいたいと、多くの国民が希望していました。吉田という人は、戦争に負けてボロボロになった日本の立て直しに努めた人として、今でも名宰相だと言われることが多いです。卓見を披露してくれたかな。以下に引用します。

(前略)現在の沖縄は米国が軍事上の必要から占有しており、沖縄を失うことは共産勢力に対する太平洋防衛の一翼が欠けることになるわけだ。小笠原諸島の場合でも現に終戦直後昔からいた日本人を帰そうという話が出たこともある。しかし後で話が変化してしまった。国際情勢の変化でいろいろと変わるものだ。国境の問題はあまりケンカ腰にならずダマッておけばサッと還ってくるかもしれない。神経を使いクヨクヨする必要はない。(後略、引用おしまい)

お前は日本の総理大臣じゃないな。アメリカ国防総省の役人か?特権意識が強く、貴族主義的だと言われた人らしい傍若無人ぶりですね。その場にいた新聞記者も何も言わなかったのかな?みんなも将来、政治家になるんだったら、福島や沖縄に住む人たちの気持ちを理解してものを言うようにして下さい。
中央の政治家の沖縄に対する感覚なんて昔からこんなものだったんだ。戦争嫌いな琉球人の精神が込められたかりゆしを着た人たちが、日本を戦争への道へ再び導きかねない集団的自衛権の行使を議論するよ。こっけいだね。笑えないけどね。



2014/06/03

徴兵制と残業代ゼロ

国会で集団的自衛権のつたない論議がなされる中、昔を知る人たちからは戦前と同じ徴兵制が復活するのではないか、といった懸念が表明されています。
おじさんは、そんな意見に異を唱えたいと思います。「ブサヨ!」とか罵声を浴びせるんじゃないよ。集団的自衛権行使可能な状況下の自衛官の雇用がどんな形になるのか、友好国の過去の歴史から考えてみます。
先におじさんの結論を言えば、日本は志願兵制でしか人を集められません。選抜徴兵制にすると、人を取られる企業は経営計画に支障をきたします。集団的自衛権に基づき戦時下にある自衛隊に破壊行動は付き物であっても、生産性や経済性は皆無。軍事費獲得のため法人税も上がるでしょう。大事な主力社員に戦死でもされた日には、経営陣はたまったもんじゃありません。財界も黙っていないでしょう。
実際、自民党でもっとも軍事に明るいうちの一人だとされる石破茂幹事長も徴兵制の採用に否定的です。
前置きが長くなりました。みんなが将来、戦争に行かずに済むように考えているから、もう少しガマンしてね。ベトナム戦争後、選抜徴兵制から志願兵制に移行した米軍についての記事を引用します。1977年11月6日の朝日新聞です。


(前略)選抜徴兵制が志願兵制に切り替わって4年あまり、この間に黒人の比率が高くなってきたというのだ。とくに失業者があふれるこのごろでは、職が見つからず軍隊へ転がり込んでくる若者が増えているともいう。
(中略)ベトナム和平が実現したあとの73年夏、志願兵制が実施されると、今度は逆の立場から懸念を表明する人が出てきた。いわく、人材確保がむずかしい。質が低下する。さらには黒人ばかりの"雇い兵化"……。
米軍総兵力210万弱。75年以降は、全軍が志願兵で構成されている。77年会計年度国防予算1000億余ドル。
ランド・コーポレーション(注・シンクタンク)の報告は反論する。志願兵制による人材確保はOK。17歳から21歳の適齢人口は減少傾向にあるが、高卒率が高まるので、適格者に事欠かない。いやいや制服を着せられる人と違い、相対的に質も向上している……。(後略、引用おしまい)

「黒人が増える」のは、人種差別されて相対に貧しい人たちが多かったから。戦争にはコストがかかります。ベトナム戦争で米国の財政はめちゃくちゃになりました。アフガニスタンやイラク戦争の時も同じ。失業者だって増えるよ。戦争すると浪費だけが増えて国が得るものはないことを覚えておこう。
さて、軍隊組織にたくさんの人間を入れるためには、どうすればいいのかわかったかな?そうです。貧乏で仕事のない若者を増やせばいいんだ。
現在、集団的自衛権の議論と並行して、働く人の残業代をゼロにしようというお話が出ています。本来、1日の労働時間は8時間までだと法律で決められていて、それを超えた仕事には余計に給料を払うことになっています。その分の支払いをやめちゃえというのが、お話の骨子です。じゃあ、8時間を超えてタダ働きしなきゃいいって思うよね。でも、そう簡単にいかないのが大人の事情です。いつかみんなにも理解できる日がくるさ。
がんばって働いても貧乏なままの社会になったらどうしますか?ちゃんと暮らせるだけの仕事がなくなったらどうしますか?住まいも食事も年金も保障される組織に入ることができたら申し分ないよね。その代わり、知らない国の知らない人を殺すことになるかもしれません。生きるために背に腹は替えられないかなあ。
集団的自衛権と残業代ゼロはセットで考えるべきだと、おじさんは思います。もし周りに安部さんゴーゴー、と言ってる人がいても、みんなはいっぺん立ち止まって、この国をよおく見回してみて下さいね。

2014/06/02

スポーツ庁なんか要らない。「廃炉省」創設を!

2020年の東京オリンピック開催が決まって、スポーツ庁などという役所をこしらえてどうたらこうたらというニュースを見たり読んだりするたびに、おじさんは頭がおかしくなるぐらい怒りを覚えます。
スポーツ振興の重要性は理解していますが、国家にはそれぞれの事情による優先順位があります。ぶっちゃけ、たかがメダルの色と数に血道をあげるための予算のぶん取り合いをする以前に、日本にはやらなければいけないことがたくさんあると思います。
その一つが福島第一原発の廃炉。100年かかるとも言われています。まさに国家百年の計。「廃炉省」を創設してもらいたい。
汚染水だけとっても、100年の間にどれだけの量を貯蔵したり海に放出したりせねばならないのでしょう。100年後には福島県中が汚水タンク置き場になってしまわないか、おじさんは心配でたまりません。
今回は、チェルノブイリ原発事故で大変な被害を被った、ベラルーシについての新聞記事を紹介します。1992年1月17日の朝日新聞ですが、共同通信が配信した記事です。見出しは「チェルノブイリ税を新設」。原発事故処理のコストについて考えさせられる記事です。チェルノブイリと福島は、史上最悪のレベル7を記録した事故です。以下に引用します。


タス通信によると、ベラルーシ最高会議は15日、チェルノブイリ原発事故の復旧対策費をねん出するため「チェルノブイリ税」を新設することを決めた。農民以外は賃金の18%を納める。(引用おしまい)

原発事故の処理には、これだけの費用が必要だということです。ベラルーシは日本より貧しい国だから、所得の18%を取られても大した金額にならないと思っちゃダメだよ。日本の方が、処理するための人件費はかかるし、旧ソ連ほどの国土がないから汚染水置き場の用地買収にお金がかかります。日本は山林の面積が多いから、汚染水タンクを置いておく平地も限られているよね。
仮にお父さんに税抜きで月35万円の収入があるとします。ベラルーシのように、本気で原発事故の処理のために原発事故処理のために税金を取られると、毎月6万3千円を税金で引かれます。もちろん、所得税その他の税金は別に徴収されます。スポーツ庁のためのお金も持っていかれます。これじゃ勉強したくても、塾にすら行かせてもらえないね。
福島の事故は起きてしまいました。おじさんは、みんなの未来のために、ある程度の「廃炉税」を払うのは仕方がないかな、と考えています。原発推進にものを言えなかったおじさんたち世代のツケです。
それだけの事態を引き起こした責任です。これだけの事故発生の可能性を看過した日本人の経験をみんなに見てもらう。原子力政策の危うさを考えてもらえば、おじさんたちも身銭を切る価値があるというものです。

2014/05/31

集団的自衛権・井上ひさしと加藤周一の遺言(2)

前項から井上ひさし・加藤周一対談の続きです(「井」は井上、「加」は加藤)。

井 (中略)私たち日本人は、ホンネは腹の底に隠しておくもの、言葉になったものはほんのタテマエという考え方でやってきました。国会の証人喚問にしても、証人も議員も、そして国民も、本気で本心を言おう聞こうとしていません。(後略)

(注・第二次世界大戦も福島原発事故も、昔の人たちやおじさんらの世代に、もっと言おう聞こうとする気持ちが足りませんでした。今の憲法からみんながもらっている幸せについて、ぜひ学校や図書館で調べてみて下さい)

加 そう、そもそも説得しようとしていない。筋が立った議論もない。共通の地盤に立ち、筋道を付けて相手を納得させる必要を感じていないというのは、傲慢(ごうまん)だと思いますよ。「誠心誠意対処します」という答えで、議会の質問者も引き下がる。政治家に限らず、日本人には議論する習慣がない。理屈っぽいというのは悪い意味になってしまう。

(注・民主党は、国の危機に対して党を一本化してぶつかる意気もありません。バラバラです。権力を持っただれかのチカラがさらに肥大化した時、野党は何ができるのかな?興味がある人は、1933年のドイツで、ナチスが国会議事堂に放火した事件の後、憲法と野党がどんな目に遭ったか調べてみよう)

井 (前略)会社のなかでは言葉がそれなりに機能していて、小さいながらも言葉の有効な体系がある。ところが、会社と会社の間の「公」のところには、意思を通わせ合う回路がない。

(注・少し前まで、日本は「ムラ社会」だという言葉がはやっていました。閉鎖的だという意味で、決していいものではありません。みんなの世代から少しずつ変えていってね)

加 外部との話し合いは伝統的に下手だ。それが外交にも出ている。議論のために一番有力なのは、人間ならだれでもわかるという、理屈の普遍性なのに。
井 外交では、外国と五分五分の関係をつくることができない。対アメリカならば、わざわざこちらから従属関係を作ってしまう。その一方、アジアに対しては親分ふうになる、という具合に、常に関係を作ってから言葉を探す。関係が言葉を作る。言葉で関係を作ることが苦手ですよね。

(注・集団的自衛権はだれのために必要なのかを考えてみましょう。問題の核心です。わざわざ従属関係を作る代償は、今回の場合は国民の生命だね。親分への人質だ。軍隊の命令系統はトップダウンなので、いざ戦闘行動に入ったらあれはできない、これは嫌だって選り好みはできません。自衛隊が地球の裏側での戦争に行ったら、総司令官は米国大統領や連邦議会議員の選挙権を持つたくさんの親族が後ろについている米兵と、日本が差し出した自衛官のどちらを、よりキケンな任務に振り向けるのかな。日本外交は、アジアに対しては、今まさに親分風をびゅんびゅん吹かせています。いつもケンカ腰だけど、先日の空自と中国戦闘機の異常接近みたいな危機が起きた際に、話し合いできるパイプはあるのかな?)

(中略)加 計算された言葉のすり替えもありますね。米国が何かを要求してきて、受け入れざるを得ない時、国際的責任と表現する。実は米国に対する責任なのに。(後略。以上、引用おしまい)

(注・安倍さんは集団的自衛権のお話になると途端に「責任」を連呼します。一度テレビで数えてみよう。案外おもしろいよ)

12年近く前に行われた対談だとは思えない的確な指摘でした。日本の政治がそれだけ硬直してきた証左かな。加藤周一、2008年没。井上ひさし、2010年鬼籍に入る。2人が遺した「遺言」は、いまなお色あせることがありません。

集団的自衛権・井上ひさしと加藤周一の遺言(1)

連日のニュースを見たり読んだりしてると、集団的自衛権の国会論議は論旨がはちゃめちゃです。こんな低レベルの言い合いで、こどもたちみんなの未来が不自由になっていくのかと思うと、おじさんは暗たんとした気持ちになります。
社会を形成する根幹である憲法を、一個人の解釈で自由にできる国を「独裁国家」と言います。その政治体制は「ファシズム」と呼ばれます。集団的自衛権の行使が決まると、日本に野党は無いも同然ということが判明します。この国の仕組みが中国や北朝鮮と同じだということだよ。本来は国会で審議する以前の問題です。
どうして日本の政治家は議論が下手なのでしょう?今から11年前の1993年1月1日の朝日新聞での、作家の井上ひさしと評論家の加藤周一との対談が、現状を見事に言い当てています。以下に引用します(「井」は井上、「加」は加藤)。

井 「清々粛々」「万死に値する」など、政治家の言葉は、いかめしい割には中身がありませんね。だれに向かって話すかといえば、国民や憲法にではなく、派閥や党、選挙区など後ろに向かって話している。論敵ではなく、家の子郎党を納得させるための言葉、まるで「源平合戦」のようです(笑い)。(後略)

(注・安倍さんは野党の質問者が話すさなかに「わかってないんだから」と論敵に野次を飛ばしました。およそ総理大臣がやることではありませんけど、それ以前にこれだけ辛抱が利かない人に防衛に関する判断を任せてしまうシステムを作ってはいけないと思います)

加 言葉じりをとらえられないために、意図的に空虚でありたいという気持ちがまずある。具体的な内容はなくても、聞く者に一種の扇情的効果を与えたいという思いもあるでしょう。涙もろい文学をわざわざ慟哭(どうこく)の文学と呼んだりした日本浪漫(ろうまん)派的漢語の用法じゃないかな。「不退転の決意」とか「明鏡止水」とか、ふだん使わない漢語で、ある種の情緒を醸し出す。(中略)とにかく言葉で相手を説得しようとはしない。

(注・安倍さんは突然、紙芝居を持ち出して「紛争国から逃れようとしているお父さんやお母さんや、おじいさんやおばあさん、子どもたちかもしれない。彼らの乗っている米国の船を今、私たちは守ることができない」と、慟哭のおとぎ話をしていました。むろん憲法論議と何の関係もありません)

この項、続きます。



2014/05/27

「題名のない音楽会」と「美味しんぼ」

今日の読売新聞夕刊によると、テレビ朝日の「題名のない音楽会」が放送50年を迎えるそうです。司会の佐渡裕さんは世界的にもすごい指揮者なのに、ちっとも偉ぶってるように見えないから、とっても感じがいいよね。おじさんも大好きです。
半世紀続いた番組は、決して順風満帆ではありませんでした。今回は「題名のない音楽会」が政治に巻き込まれて大ピンチに陥った時のお話です。1977年11月11日朝日新聞夕刊から引用します。ちなみに、当時の司会者は佐渡さんじゃなくて、戦争ができる国をつくるため、憲法改正に燃える黛敏郎(このブログでは故人に敬称を使いません)という人でした。

自民党は11日の役員会で、放送問題委員会(原田憲委員長)を設置して先月末にテレビ朝日の番組「題名のない音楽会」で録画済みの「教育勅語のすすめ」が放映中止になったことについて調査を始めることを決めた。当面はこの「教育勅語」中止問題が中心だが、同委員会はテレビ、ラジオ番組全般について類似問題が起きた場合には調査に乗り出すとしており、その進め方によっては今後論議を呼ぶことになりそうだ。(引用おしまい)

「教育勅語」とは簡単に言うと、明治から敗戦までの学校教育の基本でした。日本は天皇を頂点とする身分制度でできていて、上の人が言うことは間違っていると思っても聞かなくちゃいけないし、みんなは天皇の臣下だという理屈でつくられています。勅語に従わされてたくさんの人たちが戦争で亡くなりました。
おじさんは勅語復活に絶対反対だけど、日本では言論と表現の自由が保障されています。なぜこんなことになったのでしょう。続きを引用します。

問題にされている番組は先月中旬に公開録画されたもので、司会の黛敏郎氏(自民党の自由国民会議の発起人代表)が教育勅語の歴史的経過などを説明し、出演者が教育勅語を朗読する場面があった。30日に放映が予定されていたが、26日の衆院逓信委員会で社会党委員が「内容に問題はないのか」と取り上げ、参考人として出席した日本民間放送連盟の代表が「テレビ朝日は自主的に放送を取りやめる」と説明していた。(引用おしまい)

野党だった社会党の議員がしゃしゃり出てきて、言論の自由を邪魔したんだね。放送させたらいいよね、表現の自由があるんだから。
社会党という政党は、枝葉にこだわって本質を見ないままおよそ1980年代までのアメリカと旧ソ連とのにらみ合い構造に乗っかってきただけの組織だったから、余計なことばかり言ったりやったりで今ではすっかり衰退してしまいました。野党が無能だと、与党の政治がやりたい放題になります。今もそんな感じなので、おじさんは無能な人たちに対して怒っています。その結果、どんな風になったのでしょう。さらに続きを引用します。

しかし、自民党ではタカ派を中心に「言論抑圧ではないか」などと放映中止を問題視する空気が強まり、自民党議員の支持母体になっている宗教団体などからも事実究明を求める声が寄せられていた。このため放送問題委員会では、とりあえず黛氏ら番組関係者の話を聴き、放映中止の経緯を調べ、自民党としてのこの問題に対する見解をまとめることにしている。(引用おしまい)

ほら、いいように利用されちゃった。テレビ局は社会党の言うことを聞いて、番組放送を中止したのに、司会者の黛敏郎は自民党の有力者だというねじれが興味深いです。番組つくる前にどんな話し合いをしたんだろう?
おじさんが気になって仕方がないのは、自民党の「テレビ、ラジオ番組全般について類似問題が起きた場合には調査に乗り出すとしており」というくだりです。記事ではさらっと流していますが、これってあらゆる番組への言論統制だよね。
「美味しんぼ」が表現の自由を保障されずに休載に追い込まれた時、野党はまったくの役立たずでした。みんなが大人になって、議員を選んだり議員になろうと思ったりしたら、そのへんををよく考えてほしいな。