コピー禁止

2019/08/04

「韓国死ね!」を考える

ヘイトが進める統制

みんな、韓国人嫌いでしょ。嫌いだよね。地球上に存在するすべてのコリアンが大嫌いなんだよね。
そうでなきゃ、貴重な個人の時間を使ってネットに「韓国死ね!」なんて日本語としておかしな文字列(国は生き物じゃないから死なないよ)を書き込んだり、「韓国死ね!」を言いに、れいわ新選組の演説会場までわざわざ出かけて行くこともないでしょう。
韓国の少女像展示があると聞けば、愛知県で開かれた芸術祭にもクレームの嵐。大阪や名古屋のチンピラ市長たちはじめ、首相官邸までが助成打切りを振りかざして圧力をかけ、とどめは京都アニメーション放火殺人事件を露骨に想起させる脅迫の荒業(あらわざ)でイベントを中止に追い込みました。
そんな人たちの期待に呼応するように、政府は日本からの製品輸出手続きを煩雑化することで韓国経済に打撃を与えるための閣議決定を行いました。マスコミが言うに、「今回の日本の措置は、戦後の日韓史上例がない、『日本が悪意をもって韓国を標的として能動的に決断した行為であるのが最大の特徴」(朝日新聞・論座「韓国は『敵』なのか」市川速水編集委員)なんだそうですから、両国関係はかなり深刻なところまでこじれてしまったようです。テレビの報道番組では、「韓国に勝ち目はない」などと言いだすコメンテーターが現れて、さっそく論点が経済戦争へとずらされています。

内鮮結婚の悲劇

こうした、国を挙げての歴史問題(徴用工訴訟)のヘイト化切り替え作業に丸乗りすることのどこが愚かしいかって、自分の頭で考えないまま、他人に危害を加え、かつ自らがヘイトクライムの加害者であることに気づかないところですね。米国で繰り返される異人種銃撃やイスラエルの軍事力による植民進行への支持・加担に等しい。
「コリアンだから嫌い」の判断基準は、国籍ですか? 国籍が個人の人間性に直結するのでしょうか? 今日は、そんな 馬鹿馬鹿しいヘイト思考に、若いみんなが乗せられることのないよう、「国籍」について考えます。
1951年、第2次世界大戦に敗れた日本は、連合国との講和条約に署名します。それにより朝鮮半島での資産・請求権を放棄した日本政府は、同時に朝鮮半島における自国民の人権保護責任も放棄しました。内鮮結婚者をほったらかしにしたのです。
「内鮮結婚」とは、朝鮮での日本人とコリアンとの婚姻。併合先である朝鮮の日本化を進めるため奨励された国策です。現代の中国が少数民族のいる自治区で進めている民族同化政策と同じですね。
敗戦によって、朝鮮半島が日本の統治を離れた時点で彼ら内鮮結婚者たちは見捨てられます。日本に生まれ育ち、朝鮮で結婚した人たちは、日本敵視政策を打ち出した李承晩政権下で苛烈な迫害を受けます。
内鮮結婚者の冷遇は、日本国内でも同じでした。帰国後に日本国籍の回復を求める人に対し、司法・行政は戦前の大日本帝国の方針を貫いたのでした。1961年4月5日付の朝日新聞夕刊「『戦前に朝鮮人と結婚した婦人は朝鮮国籍』 最高裁で新判例示す」から引用します。年号は昭和です。
平和条約によって朝鮮が独立する前に朝鮮人と結婚した日本婦人の国籍はどうなるのか――という問題をめぐってこの9年間、1女性と国との間に争われてきた「国籍存在確認請求」訴訟に対し、5日午前10時半、最高裁大法廷(横田裁判長)は「こんな場合、日本婦人の国籍は朝鮮にある」として女性の上告を棄却した。終戦前に朝鮮人や台湾人と結婚した日本婦人は数万人にのぼるといわれているが、この新判例により、このような立場にある日本婦人は“帰化”以外に日本国籍を取得する道はなくなったわけである。
この訴訟を起こしたのは東京都中央区(注・引用者の判断で以降の住所は割愛)、Aさん(注・引用者の判断により本名は書かない)で、Aさんは昭和10年7月、朝鮮人のBさん(注・同前)と結婚、京城(注・日本統治時代のソウル)に渡ったが、夫が行くえをくらましたため東京へ帰った。終戦前の26年6月、夫の親の招きでふたたび京城へ戻り、現地で終戦を迎えた。しかし、夫との間は元通りにならなかったため、26年10月に1人で日本に帰り、東京地裁へ離婚訴訟を出した。
27年10月判決で離婚を認められたので、中央区長に離婚届を出した。ところが、同区長は「もと内地人であっても、平和条約の発行前に」朝鮮人と結婚した者は平和条約発効とともに日本の国籍を失っている」として届けを受けつけなかった。これに対してAさんは東京地裁へ「国籍存在の確認を求める訴え」を出したもの。
29年2月同地裁は同女の日本国籍を認めた。しかし、国側の控訴により、30年7月、東京高裁は「本件の婦人の場合はその国籍は当然、朝鮮にある」として地裁判決を取り消し、Aさんの訴えを棄却したので、最高裁に上告していたもの。(引用おしまい)

国籍が違えば憎んでいい?

「国籍」という概念のいい加減さが伝わる判決ですね。日本政府のスローガンに丸乗りした国民が、政府の保護責任放棄によって塗炭の苦しみをなめるのは世の常。御国が韓国を憎めと言っているから、私も憎悪します、というのはいかにも頭が悪い。国籍をトリガーワードに使った愛国ヒステリーの一種にしか見えません。
御国にだまされた結果、日本人でなくなってしまったかわいそうなソウル帰りの女性は、明日のあなたや私、お友達の姿かもしれません。
それでも、あなたは御国に従うことを根拠に、「韓国死ね!」と叫びますか?