「花燃ゆ」第20回冒頭は、「江」の「江戸のお城かあ」に匹敵するぶっ飛び方だったと言えるでしょう。公武合体から、尊皇攘夷への転換の経緯が何も描かれていない。長井雅楽の「正気の沙汰に非ず」なるセリフは、そのまま脚本家に投げつけられるべき言葉でしょう。「これが攘夷かあ」
破約攘夷を掲げ異国をはらう。根拠なき決断を迫られる石丸幹二さんがかわいそうです。こんな石丸さんが嫌いな人は、「みんなのうた」の「かいじん百面相」に注目して下さい。よっぽど素敵ですから。「花燃ゆ」はアルバイトだと考えた方がいい。
高杉晋作が上海から帰ってきました。典型的なお上りさんの旅行土産と呼ぶべき品々が並んでいます。ピストル除けば、カバンに磁器。俗物過ぎて引きます。1970年代の農協ツアー客のようです。
高杉の「雅を頼む」のセリフに、文の弟が即座に反応。ろうあ者じゃなかったのか? コミュニケーションできすぎ。こういうシーンは、かえって障害を持っている方々に失礼ではないかと思いますが。
小田村伊之助のガキが反抗期です。「学問は何のためにするんですか?」などと、母親に食ってかかります。江戸時代なら、ほおげたひん曲がるぐらい引っ叩かれているところです。ヒロインのように、おにぎり過積載のお盆を運び込んで甘やかすなど言語道断。「花燃ゆ」は教育上もよろしくありませんね。
「松陰先生、亀タロー。この死を決して無駄にしてはいけん」なる熱にうなされる吉田稔麿。はあ? このセリフは放送法で禁止にしませんか? 日中戦争ならびに太平洋戦争で、さんざん使われてきた言葉。犠牲者を人質にとった、やめられないとまらない好戦意識は捨てるべきです。トロイカ体制脚本家連は、旧ソビエト連邦レベルの思考しかないみたいですから、死人を英雄視するクセがついているようですが、不愉快です。今年が戦後70年だと思えば、あまりに無神経だと指弾されても仕方ありますまい。これら藩の存続がかかる密事を芸妓さんがいたはる前で、ようもしゃべるしゃべる。ハラハラします。
「亀太郎を殺したのはお前じゃ」と、高杉晋作がぬかしますが、理由なき決め付けが気持ち悪くてしょうがない。だれかに責任をすぐ押しつける松下村塾は、総括、総括と騒いでいた昔の連合赤軍みたいです。
この後、久坂玄瑞に絡む芸妓の京都弁がひど過ぎる。来日直後の外国人がしゃべっているようです。「花燃ゆ」は、関西人をも敵に回してしてしまいました。三条実美も公家らしからぬ「ほな」などという俗語をしゃべっているしね。「江」の近江方言無視祭りを思い出します。
話は長州藩の茶室に切り替わります。「攘夷にシフトしていいのか、わしにはわからん」などと無責任な藩主が申し述べますが、領民目線で言えば、無責任に過ぎるからお前の家など取り潰されてしまえ、っていうのが常識的な感覚だと思います。北大路欣也さんがバカに見えて仕方がありません。「条約を破棄するのが民のため」とぬかす小田村伊之助が、またバカです。こいつの頭の中も村塾中心に世界が回っとる。
杉母は相変わらず気持ち悪いです。「父上が」と盛んに尊称を口にしますが、とうに他家へ嫁いだ娘に語る時、夫を「父上」言うか? 「やど」とか、せいぜい「百合之介」などと謙譲せぬものか。
今回のバカクライマックスは、高杉の嫁(名前覚える気もない)の「お殿様に松陰先生の本を献上してはいかがと」に決定。空気の読めない兄貴が、さっそく写本するとおめきます。自分の周囲だけで、身内の存在が肥大化していく様は痛々しいものです。
英国公使館を襲わんがために、急きょ井上聞多を投げ込む脚本の余裕の無さも、同様に痛々しいですね。「花燃ゆ」第20回は、テロリストの都合のいいように、とことん話が展開する邪教のバイブルみたいな中身に終始しました。
さて、「花燃ゆ」が、とうとうNHK会長の逆鱗に触れた、とのニュースがありました。会長は「数字が低すぎる」などとのたまったそうです。この能なしは何言ってるんだ? 主演の井上真央さんが「私の力不足」などと、反省の弁を述べているニュースを聞くにつれ、いたたまれない気持ちになります。
まず、問題とすべきは籾井勝人会長の人品。組織のトップが評論家みたいに視聴率を根拠に、ドラマ批判をすることがおかしい。経営者は、「批判は甘んじて受けます。私の不徳のいたすところ」と語って終わらせるものでしょ。「これが大河ドラマかあ」と口にする「江」レベルに等しい。この経営者は、部下をだれも守る気がありません。
こんな体制下で主役を引き受けた井上真央さんは不幸だとしか言いようがない。個人的には彼女、演技は上手じゃないし、そんなに華もないと思います。現状では1年間、大河ドラマを任せられるのか非常に心配な人材です。1980年代までの歴代大河主演女優を並べてみると、岡田茉莉子、藤村志保、栗原小巻、岩下志麻、佐久間良子、松坂慶子、三田佳子、大原麗子らの面々。本来なら井上真央さんには入り込む余地がありません。
でもね、今回大河の問題の本質は、「江」並みの脚本、「江」レベルの演出、「江」以下の制作の志であって、主演女優が責を負うべき話ではありません。素人の将が兵を語るな。
井上さんが謝る筋合いでは絶対にない。井上真央さんには、演技力を研鑽していただいた上で、先人のごとき図太さを持っていただきたいものです。例えば、桃井かおり姫。
1973年10月4日付の毎日新聞「ひと」から引用します。
(前略)「私、直接本人に、遠まわしでなく、私、あなたとは仕事したくないとか、はっきりいっちゃうから。いまは、不満がないから……」ねっ、桃井姫のマイペースぶりは大したものでしょう。井上真央さんがここまで行くには、今後相当な努力が必要でしょうが、行かないと籾井なる御仁に反駁も出来ない。世の中理不尽ですね。
明日から始まるNHKテレビ「天下御免」のお桃役。脚本の早坂暁氏がこの人の性格を生かした役柄とか。前人気は上々である。
(中略)「たまたま、やりたいことをやってこれたのね、フシギと。うちがお金に困らないってこともあるけど」
困るわけがない。父・真氏は防衛庁防衛研修所第五研究室長。著名な国際政治学者である。母・悦子さんは新宿にアトリエを持つ宝石デザイナー。恵まれて育った。
「私、自分ですごく純粋だと思います。バレエ以外ではものすごく、何も押しつけられなかった」
(中略)「私、命かけても、と思うくらい、気持はチャンと見せてきたと思うの。そのかわり言いたいことも……」
「いま、本気になって生きるってこと、ないんじゃない?」(引用おしまい)
桃井姫の強さを物語る記事を、もう一本紹介しておきましょうか。1980年4月5日付の毎日新聞「ひと」から引用します。
(前略)ことしに入ってわずか3カ月。この間に、毎日映画コンクール女優演技賞、芸術選奨新人賞など、すでに5つの賞を“独占”。「おかげで忙しかったわ。家の植木は枯れるし、犬は餓死するし」。ほんとう、犬が死んだの。「ウフフ。犬のことはウソ。それくらい忙しかったってわけ。私の世話をしてくれる人が、倒れちゃったんだから」。好きな酒も、やっと飲めるとかで、このインタビューもウイスキーの水割りを口にしながら。インタビューで酒飲んでます。話し相手はといえば桃井真。強敵すぎます。闘う気概があるのなら、井上さんも新聞ぐらいきっちり読みましょうね。籾井会長が新聞を読んでいるか知りませんが。
翔(と)んでる女だとか。それなら政治論議でも。「オヤジに迷惑がかかるので、言わないことにしています」。オヤジ、つまり桃井真氏は防衛研修所研究部長。著名な国際政治、戦略論の学者である。「でもオヤジとはよく話し合うんですよ。そのためには、新聞などもよく読んでいないと。山口百恵が結婚するんだって、なんて話しかけても、オヤジは、それ何って言うだけでしょうから」「桃井さんとこのかおりちゃんが女優になった、というだけで一家には迷惑かけたんです。オヤジは、あれは勘当したなんて言ってた」。どこが迷惑だった。「脱いだりしたから。あなただって自分の娘が脱いだりしたらイヤでしょう」。
(中略)「ことしは自分の時間をうんと持ちたいわ。恋人も、いっぱいつくるからね」(引用おしまい)
マイペースと言えば、桃井姫をさらに上回る巨人、丹波哲郎を外すわけにはいきません。この神経、ぜひとも井上真央さんに学んでいただきたいものです。1973年10月3日付の毎日新聞「いま 私は… 丹波哲郎」から引用します。
(前略)大作映画の完成試写会など、よく出演俳優がずらり並んでの舞台あいさつがあるが、丹波のあとではだれもやりたがらない。食われてしまうからだ。声が大きいし、間のとり方が実にうまい。もともと俳優は気ままなものです。カタギではないから、思うがままに仕事して何が悪いのか。
(中略)その丹波がのりにのったのが「人間革命」の戸田城聖役だ。
「永いこと俳優をやっていると、そうそうは、どの役にも全力投球というわけにいかない。悪ずれしてしまうんですあア。自分のことをタナにあげといて、やれ脚本が悪い、監督がダメだと文句をつけてればすむ。しかし“人間革命”はそうはいかない。出づっぱりの私の責任だ。映画の入りがよくなければ全部私が悪いのだ。その覚悟はしていましたよ。そのかわり良ければ、これはまた全部私の功績なんだなア、ハハハ……」と豪快に笑いとばす。
(中略)もっとも、丹波哲郎の戸田城聖に頭をかかえた人もいた。時代劇ポルノ「亡八武士道」に丹波が主演していたからだ。一昨年の「沖縄決戦」でも同時期公開のポルノ映画に丹波が出ていて、東宝藤本真澄専務は“困った、困った”と連発。だが丹波は“だからどうだというのです”とすずしい顔だった。
「一日スケジュールがあいていたのを、頼まれたから出ただけ。それがポルノだってどうということはない。ボクは出演料1本4万円の俳優だったころから、こちらから頼んで出演させてもらったことはない。その代わり頼まれればタダでも出る。助監督時代によく知っている人間の監督昇進祝にロハ出演を買って出ただけです」という。(引用おしまい)
ただし、それが言えるのは、需要がある役者がその存在感を高めてこそ。井上さんには、桃井かおり姫、丹波哲郎大人の域に達した末に、「花燃ゆ」ならびに籾井NHKの未来にご意見いただきたいと思います。
負けるな、井上真央。彼女には今後の活躍を祈りつつ、吉田松陰の辞世をいじくった一文を贈ります。
身はたとひ 渋谷の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 役者魂