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2016/09/15

命短し、学べよ女子アナ

「ナニゲ事件」の衝撃

12日付の朝日新聞夕刊コラム「英語をたどってⅣ」(刀祢館正明編集委員)は、海外アニメ「サンダーバード」を放送するNHKが、作中の決めゼリフを勝手にでたらめ文法英語に仕立てて垂れ流している、というものでした。
さもありなん。この放送局って外国語どころか、日本語もヘンだもの。
6日のサッカー・ワールドカップ最終予選タイ戦では、番組ウェブサイトやネットのテレビ番組表に掲載されていたプログラム紹介文に、キックオフ前からコーヒー吹きました。
「日本代表がしゃく熱アウェーのバンコクでタイとの決戦に臨む」(太字は引用者による)
意味がわかりません。本戦に出るのが目標のサッカー予選リーグで、タイ相手に何の「決戦」?
より問題なのは、「しゃく熱」の方です。手元の広辞苑には、「灼熱=焼いて熱くすること。焼けてあつくなること」とあります。砂漠の国の真っ昼間に試合をするのであれば通用するでしょうが、雨季ド真ん中のバンコクの夜が「灼熱」かいな?
案の定、焼けつくような炎熱地獄にはほど遠い、大粒の雨がピッチを濡らすスタジアムは、湿度80%を超えるムシムシのコンディション。そのうち「灼熱の不快指数」なんて、テレビから聞かされる日が来るかもしれません。
放送本番も同じようなもんです。カラスの害に悩む渋谷の街にタカを連れて来る放鳥実験のニュースでは、記者が「カラスがビビる(放送に不適切な用語)」とリポート。スポーツニュースでは「先頭ランナーを出す(日本語では先頭打者を塁に出すと言う。『先頭走者』なる言葉はありません)」とアナウンサーが読み上げます。広島でオバマ米大統領が演説した日の「ニュースウォッチ9」では、鈴木奈穂子キャスターがのっけから、「(現場にいた)河野さんは、大統領の発言を間近で見て」と口走って、公共放送の話し言葉への無頓着さが露呈しました。
「ことばおじさん」こと梅津正樹アナが10年ほど前の「お元気ですか日本列島」で、「直後にする行為に使ってはいけない」と戒めた「~してみたいと思います」は、「あさイチ」で日常的に使われていますし、原発再稼働問題を扱った先月の「解説スタジアム」では、西川吉郎解説委員長までが視聴者の皆様の声を紹介するコーナーで、「これからご意見を聞いてみたいと思います」とやる始末。
近い将来の一般社会における「してみたいと思います」恒常化はもはや避けられないでしょう。個人的には「ヤバい」と、食物や物品への「カワイイ」の土着化だけは、何としても止めてもらいたいと願うところです。
公共の放送局が誤った日本語を放送すれば、あっという間に国民が認知する。悪しき前例があります。
かつての23時台の報道番組「ニュース11」がそれ。スポーツを担当していた若手の女子アナが、フランスでのサッカーW杯の現地ルポで、「ナニゲに入った、このお店」と言いやがったのです。以降、若者の間で「何げなく行う」が「ナニゲにする」に取って替わられたのはご承知の通り。NHKアナが今でいうJK言葉を発した、この「クボジュン・ナニゲ事件」、ならびにその後のナニゲ伝播スピードは衝撃的でした。
現在、この時間帯の放送は「ニュースチェック11」。サーフィンで町おこしをやっている宮崎県の自治体が作ったバッジに、桑子真帆アナ(アラサー)が「これ、カワイクないですかあ!?」とJK反応した瞬間、ひっくり返りましたよ。
ナニゲに続き「カワイイ」も定着させる気か。ここ、渋谷の居酒屋じゃなくてテレビのスタジオなんだからさ。10年後には「東京タワー、カワイイ!」とか「言うことを見なさい!」などと街中でくっちゃべる親子連れの姿が見られそうです。

古谷綱正の老い

アナウンサーの労働寿命は、今後延びていくでしょう。国の年金政策の失敗により65歳定年制を導入する企業が増えることが現実味を帯びている今、日本を代表する官僚的組織がいずれ取り入れないはずがありません。相撲なら相撲、芸能なら芸能と、一つの分野で10年かけて一人前と言われてきた(最近は知らないけど)、他につぶしの効かない語り部を、トシをとったからといって配置転換するわけにもなかなか参りません。
不勉強で下手くそな老エグゼクティブアナばかりが雁首そろえるようになったら、一番迷惑するのは私たち視聴者ですが、話す能力は本人たちも気づかぬ間に次第に下がっていくのです。加齢によるアナウンスの老化。今日は、「日本のウォルター・クロンカイト」と呼ばれた名キャスター古谷綱正の例を引いて、巷の日本語を破壊している当事者の危機感の薄さに警鐘を鳴らしてみたいと思います(NHK風)。古谷がニュースキャスターを引退したころの1981年4月17日付の朝日新聞「話す能力と老化」から引用します。
(前略)「サシスセソは息がもれる感じがする。入れ歯のせいかもしれない。つっかえることも多くなった。しゃべる速度も遅くなった。よーし、他人にいわれる前にやめた方がカッコいい、と思ったわけです」
古谷さんは4月15日に69歳になったばかり。毎日新聞の論説委員として「余録」を書き続け、昭和39年からTBSのキャスターになった。
(中略)発音発声の能力が年齢とともに低下する。この事実は仕方がないことのようだ。手足の運動能力が20歳前後を頂点に衰えるように、舌、くちびる、声帯、肺、鼻へ通じる軟口がい、歯、それに耳、と言葉に関係する諸器官は次第に老化していく。東京都老人総合研究所の伊藤元信・言語聴覚研究室長はこう説明した。
「たとえば、肺の機能が低下してくると、声は長く続かず、一息でいえる言葉が少なくなる。その結果、言葉の滑らかさがなくなり、話し方も単調になる。ニュースを読む古谷さんのつらさ、わかる気がします」
「連想能力も関係してきます。発声器官だけではなく、適切な言葉を頭の中から取り出す作業も、若い人に比べて遅くなってくる。パッと言葉が出てこない、という状態です」
古谷さんも思い当たることがあるそうだ。ニュース原稿の読みにくい字を以前は前後からの類推で読みこなすことができた。「最近は、そこで一瞬、考えてしまうんです」(引用おしまい)
アスリートにピークや引退があるように、しゃべる商売にも全盛期と下降期があるわけです。むろん、人生経験を積むことで話し方に深みが出るケースが多々あるとしても、肉体的な衰えはいかんともしがたい。経験を積むのは学ぶ姿勢あってこそ。サッカーの三浦知良選手が、今もすべてを体力に任せて現役を続けているなんて思っている人はいません。歌手の山下達郎さんは「ギターは100歳でも弾けるが、ボーカリストは55歳を過ぎると声が出なくなってくる」とラジオ番組で語っていました。トシとともに衰えるのは容姿だけじゃないぞ。女子アナ、どうする?

「女子アナ」は蔑称


このブログでたびたび引き合いに出す加賀美幸子さんは70の半ばを過ぎていますけど、朗読に年齢を感じさせませんよね。発声に無理のない低い話し方を研究したと言っていました。個人的に古典を勉強しているから、日本語の文法にも間違いが少なくなります。やり方は人それぞれだとしても、職にあるかぎりヘンな日本語をまん延させぬ責任感は持ってもらいたいものです。「女子アナ」って、下手を意味する蔑称だからね。そこから抜け出してほしいんですよ。
先月のプロ野球中継にはさんだBSニュース。ポケモンGOで遊びながらクルマを運転していた徳島の男性が死亡事故を起こし逮捕された一件で、被疑者の容疑が読み上げられませんでした。
「県警は、運転していた◯◯容疑者を逮捕しました」
人権が尊重されるべき民主主義国家では、通常あり得ない放送です。こんな原稿を通した報道局もここまで堕ちたか、と暗然としました。でも、これだってアナに常識があって、事前の読みの段階でアピールすれば放送事故を止められたはずです。
アナウンサーには、日本語のみならず社会常識を守る義務もあるってことです。