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2016/04/21

熊本地震に便乗するスポーツ感動商法

熊本の震災にスポーツ選手をむりやり関連させて露出させるメディア演出が鼻につきます。熊本出身者とあれば、「熊本に勇気を与えた」「魂の投球」等々のフレーズをぶっ込んでくる。マスコミがこぞって、プレイヤーたちを読者・視聴者を泣かせるための新しい桂小金治へと仕立てにかかっているみたいです。
プロ野球・ソフトバンク内川聖一選手の「野球で皆さんを元気にすることしかできないが、野球を見ている間だけでも現実を忘れてもらえるように、全力でプレーしたい」という、涙ながらのヒーローインタビューには納得できるんですよ。無意味なカラッポ言葉がありません。被災者を助けたいけれど、自分は野球の試合に出るしかない無念を内川さんはわかっている。眠ったり食べたりといった普通の生活にもこと欠いている人たちには、勇気やら感動やらの空疎な概念は不要。そんなもんを“与える”って軽々に口にするのは偽善です。追い込まれている人たちに、“頑張れ”なんて言語道断。お立ち台の外国人選手にまで「熊本の人たちに一言」とマイクを向けるインタビュアーを茶の間で見ると、液晶画面に手元のコーヒーぶっかけてやりたくなります。スポーツマスコミの「感動させてやる病」は重篤です。
今から20年前のアトランタオリンピックの際、メダル獲得と個人的満足感の情緒をごっちゃにした「感動をありがとう」ブームが日本中を席巻。稀代の時代観察者だったイラストライター・ナンシー関は、その理不尽に警鐘を鳴らしました。著書「何が何だか」(角川文庫)から引用します。
ここ数年、世の中に深く静かに広まっていた「感動させてくれ病」は、オリンピックという4年に1度の絶好のどさくさに紛れて、飛躍的にその病状を進めた。何か急にタガを外されでもしたように、誰はばかることもなく「感動させてくれ」と大声で叫び出した。すでに、それが「はばかられること」であることすら失念している。(引用おしまい)
震災を「どさくさ」と呼びたくはありません。でも、アトランタから20年が過ぎてなお、メディアがやっていることは、“絶好のどさくさに紛れて”感動の物語を粗製濫造しているかに見えるのです。最近では、プロ新人のヒヨコどもから甲子園球児に至るまでが、「人に感動を与えられる選手になりたい」なんて上から目線でテレビカメラに向かってしゃべるのを目にすると、こうしたマスコミの勘違いが伝染したのではないかといぶかりたくなります。“感動”とは個人個人の心中に天然自然と湧き上がってくるものであって、いちいち他人から下賜されるもんじゃありませんよ。思い上がるな。
今回の地震で、熊本市の藤崎台県営野球場にも甚大な被害が出ているようです。この球場は、王貞治さんが現役最後のホームランを打った場所でした。1980年11月16日の巨人ー阪神オープン戦、ライトスタンドにライナーをたたき込んだ王さんは、押し付けがましいことは口にのぼせず、最後の最後まで謙虚でした。17日付の読売新聞「ホントの最後 ワンちゃん惜別アーチ」から引用します。
(前略)試合前、早々とスタンドを埋めたファンに目を移しながら「本当に最後のお別れ。思い切ってやりたいね」とつぶやいていた王。その最後の打席に、スタンドは静まり返った。4球目、真ん中高めのストレートは、総立ちのファンの悲鳴にも似た叫び声に包まれて、日本一広い藤崎台球場の右翼スタンド中段に吸い込まれた。
はじかれたようにベンチを飛び出す巨人ナイン。好ライバル・阪神ナインも三塁線わきに整列、拍手を送るという異例の祝福。阪神・中西監督から渡された花束を差し上げ、ホームベースに立った王は、鳴りやまぬ歓呼と惜別の拍手にこたえ、深々と頭を下げた。
感極まってくちびるをかみしめ、帽子と、花束を精一杯かかげて黙礼を繰り返す背番号1に「ワンちゃん」「王さぁーん」の声が飛んだ。アナウンス嬢の声までが涙につまった。
ベンチに戻ってきた王は懸命に涙をこらえているように見えた。笑おうとしても顔の筋肉がゆるんでくれないようだ。
「本当に、考えてみれば、神様が打たせてくれたようなもの。これまでの状態からは(最終打席ホームランなんて)考えられなかった。自分一人の力じゃなくて、ファンの皆さんが打たせてくれたんだろう、そう思っています。ぼくは幸せな男ですね」(引用おしまい)
前人未到の本塁打記録を残し、最高の去り際を決めながら、ファンへの感謝を忘れず「ぼくは幸せな男」と言い切った王さん。そこには「与えてやる」意識は皆無です。現役時代の王さんの一挙手一投足に、「被災者に勇気を与えた」「魂の打撃だ」などと、下手な形容をできる記者がいたでしょうか。
王さんの本塁打に感動し、勇気を得た人たちはたくさんいますけど、それらはすべてファン自らの胸から発したもの。ビッグワンは、かつて最後の花道を飾った地の悲劇に便乗して感動の安売りをする今の風潮を、いかに感じていることでしょう。