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2015/11/21

朝ドラ「あさが来た」の方言問題

映画「ムーン・ウォーカーズ」を鑑賞。現代の大陸人が思い描いたであろう、ベタな1960年代スウィンギン・ロンドンを舞台にしたエログロナンセンスコメディでした。面白かったですよ。言いたいことはいっぱいあるけど、こういう作品を真剣に批評するのは、「湘南爆走族」や「シベリア超特急」をまじめに論ずるようなものですから省略。まあ、インディペンデント映画に元気があるのは、とってもいいことです。
主役のベトナム帰りの米国工作員のメリケンイングリッシュと、ロンドン下町なまり丸出しのダメ青年の好対照が、笑いのポイントのひとつ。他の大陸出身キャストたちも英国なまりをがんばっていました。きっちりこなせば、新しい仕事がやってくる。必死ですし、俳優たちの演じる喜びを感じることができました。
我が国の映像メディアでは、地方なまりの美しさや独自性がないがしろにされつつある気がします。大同生命のCMアニメはその典型でしょう。創業者の広岡浅子が「これからは生命保険の時代や」と語るのですが、まるで関西のアクセント、イントネーションになっていない。すでに絶滅したと思われる船場言葉を使えとは言いませんけど、せめて摂津方言にしてあげないと、泉下の広岡に失礼ではないかと思います。
その広岡をモデルにしたNHK朝の連続テレビ小説「あさが来た」は好評のようで、なによりです。おじさんは結構、視聴が苦痛なんですがね。
関西文化に不案内だと思われる脚本家が、「どの口が言うてはる」「だれが言うてはる」なんてセリフを起こすと、「クチに敬語使うなよな。“どの口で”と助詞を変えてくれ」とか「“だれ”を“どなたさん”と敬称にしてえな」なんて考えてしまいます。「まれ」に続いて、また日本語が不自由なシナリオライターかよ。新撰組の借金も、うやむやにされちまったしなあ。
「〜してはる」同様に、「おおきに」も無駄に多いな。京都から嫁入りしてきたヒロインを使用人が持ち上げるシーンで、「言葉はすっかり大阪の若奥さんでおます」と言われて「おおきに」はないわ〜。「いやあ、なに言うたはるの」と返すのが正しい大阪の若奥さんだす。
苦痛の原因は他にもあって、というか主因は俳優なんです。主人公夫婦の関西弁の下手さ加減にびっくりぽん。ないわ〜。「ごちそうさん」夫婦もひどかったけれど、あの惨劇から大阪放送局は学習する気がないのか、方言などどうでもいいと思っているのか。タイトルに方言指導者がクレジットされているから、俳優に適性がなかったんですかね。その地域の言葉に不得手な人選を、ミスキャストと言います。作品に地方色を出す気がないのなら、今後朝ドラは全部東京で作ればよろしい。それもまずいな。毎朝「まれ」もどきが垂れ流されかねません。
俳優の方言との闘いは昔からのもので、その克服があって初めてアクターとしてのレゾンデートルを視聴者に認められるのですが、以前に比べインターネット動画などの教材があふれる環境に反して、作り手たちがそのハードルをどんどん下げているのではないでしょうか。今日は、真剣に地方の言葉習得に取り組んだ役者たちの姿を紹介します。1969年6月11日付の読売新聞「てれび街」より引用します。
方言というのは、東京育ちのタレントにとっては、なかなか使いにくいものだが、なかでも関西弁というのは一見簡単なようで、いざ本格的に使うとなるとむずかしいらしい。日本テレビ系の「ややととさん」(水曜午後9・30)も、大阪を舞台にしているので、当然ドラマの中では大阪弁が使われる。そのため船場に生まれ、船場に育った松竹芸能の木下サヨ子さんを方言指導にむかえている。
この木下さんに「ややととさん」の方言優等生をきいてみると、トップは川口晶と松島トモ子だそうだ。川口はカンがよく、たった一度でアクセントをぴたり。
松島の方は、方言を音楽としてとらえていくのがうまいという。たとえば“ナンダ”という言葉は“ドミド”という感じだと教えると、即座に大阪弁にしてしまうそうだ。
この2人に比べて、方言そのものは、いまだしだが、努力賞が夏川かほる。片時もそばにくっついてはなれず「トイレに行くときから、食事のときまではなれないんですよ」と木下さんの方が悲鳴をあげている。(引用おしまい)
松島トモ子さんのやり方は、草笛光子さんが関西弁ドラマに出た時と同じ方法。音楽の素地がある女優さんは得ですね。注目すべきは夏川かほるです。この仕事への責任感がプロたるゆえん。「あさが来た」夫妻は、方言指導者とどれほどの時を過ごしたのでしょうね。
関西弁より、もっとニュアンスを出すのが難しい地方言葉だってあります。例えば、五代友厚が使う鹿児島弁。抑揚だけでなく単語も独特で、おじさんが鹿児島に行った際には、お年寄りの会話の内容が理解できませんでした。全国一般になじみが薄いため、テレビドラマでは使いにくいかもしれません。それでも、要求があればこたえるのが役者です。
かつて村田知栄子という女優がいました。一癖あるこわいおばちゃんを演じさせれば日本一。戦前から活躍していましたが、化け猫の役なんかもやっていたから一流の怪優の部類に入るでしょう。
1976年、フジテレビ系土曜劇場「嫁だいこん」に出演した村田は、鹿児島県民の役を与えられます。方言問題の中でも最大級の難関に挑んだ還暦女優の努力を見てみましょう。同年5月14日付の読売新聞「60の手習い鹿児島弁」から引用します。
(前略)鹿児島弁は、方言のなかでも東北弁や大阪弁とならんで役者泣かせの難しい言葉とされている。リハーサルでは鹿児島県人からきびしい方言指導を受けているが、なかでもアクセントも絶妙と好評なのが村田。鹿児島弁に達者なひとに読んでもらったセリフをテープに吹き込み、毎晩就寝前に、イヤホンで習得するという念の入れよう。御本人は東京育ちで「これこそ60の手習い。英語の勉強よりムズカシイわ」。(引用おしまい)
村田知栄子の女優魂、と呼ぶよりも演じるための準備が周到ですね。プロなんだから当然です。朝ドラ出演中の友近さんは愛媛県出身ですが、芸人として生きるために大阪弁を体得しています。松山市じゃなくて松屋町(まっちゃまち)の出だと言われても違和感がない。専門家の心得ですね。
地方の言葉がうまく話せなければ大根認定。本来なら、視聴者は作品を見て結果を判断すればいいだけです。それができていないから経過が気になる。役者の自覚で、新しい「あさ」にやってきてもらいたいものです。