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2015/10/16

“安倍チャンネル”の不偏不党

NHKの新しい愛称として「安倍チャンネル」ってのが流行っているんですか。籾井勝人会長が定例記者会見で、「不偏不党と、我々は念仏のように唱えている。以後、安倍チャンネルという言葉は使わないでいただきたい」と、わざわざことわったと報道されたくらいですから、かなり浸透しているのでしょう。流行語大賞を狙えるかも。
念仏にもいろいろあって、信仰心が伴わないものを世間では「空念仏」と呼びます。安倍教のエバンジェリストであらせられる岩田明子解説委員のご尊顔を茶の間で拝する機会が増えるにつれ、念仏の中身が気になって仕方がありません。
メディアの独立性確保は知る側、すなわち我々国民の大事です。8代目の協会会長だった野村秀雄の伝記本「野村秀雄」(野村秀雄伝記刊行会刊)に、興味深い記述がありました。以下に引用します。
岸内閣の安保騒ぎのときだった。10人ばかりの自民党議員がNHKに来て、野村会長と会見した。議員たちは、「NHKは左だ。放送番組、放送内容が左偏向だ」と、しきりに非を鳴らした。その勢いはなかなか猛烈なもので、その場の空気は険しかった。
静かに、黙ってきいていた野村は、突如、声を大きくして、
「君らがなっていない」
と一喝した。そして語をついで、
「君らは、もっと政治を勉強し給え。NHKのことはおれに委せたがいい」
というなり立ち上り(ママ)座を去った。傍らにいた理事の前田義徳(現会長)は、この場の処理に窮したが、「お引き取り下さい」と、議員達に帰ってもらった。(引用おしまい)
報道の自由、憲法が保障する国民の知る権利が守られた好例です。同書によると、野村就任は田中角栄郵政相の主導で、当初人選を知らされていなかった経営委員会とひと悶着あったようですが、それが永田町人事とはいえ、いざその座に就けば放送局の使命を果たすのが会長職の務め。NHKの岸チャンネル化を防いだのは野村の功績です。
自民党の体質は変わっていないんですねえ。自分たちに都合のいい放送内容ばかりを求め、公共放送を国営だと勘違いしている。「マスコミを懲らしめる」などと放言する頭の悪い議員が現れて、国会の質の低下が叫ばれていますが、それが今に始まったことではないのがわかります。
次に1989年の竹下登内閣でのNHKへの干渉を取り上げます。消費税法が施行された直後の4月4日、片岡清一郵政大臣が放送局にかみつきました。同日付の朝日新聞夕刊「消費税 NHK報道批判」より引用します。
片岡郵政相は4日朝の閣議後の記者会見で、日本放送協会(NHK)の消費税の報道について「増税部分だけを伝え、減税部分をあまり報道していない。遺憾だ」などと不満を表明した。閣議で田沢(吉郎)防衛庁長官がNHKの消費税報道を批判、片岡郵政相がこれに同調したもので、郵政相は報道に批判が出たことをNHKに非公式に伝えることを表明した。(引用おしまい)
今度は「竹下チャンネルになれ」と、電波行政を管轄する郵政省のトップがエラソーに熱を吹きました。当時の新聞記事によればこの少し前、衛星放送への投資額がふくらんだNHK予算の国会承認はかなり難儀したようです。政府自民党には、「おれたちが予算を通してやったのに、弓引くとは何事か」とのおごりがあったのかもしれません。では、NHKはお上に引け目を感じて御用放送に成り下がったのでしょうか。同6日付の読売新聞「『消費税報道は一面的』との郵政相・防衛長官発言にNHK会長代行が反論」から引用します。
4日の閣議で田沢防衛庁長官、片岡郵政相が「NHKや民放の消費税報道は一面的だ」と批判したことに対し、島桂次・会長代行は5日、「私は、報道局が公正を期して報道していると信じている。批判には耳を傾ける必要があるが、公共放送機関としてそれに影響されるようなことがあってはならない」と語った。(引用おしまい)
会長ではなく「代行」が態度を表明しています。直前までの会長は池田芳蔵。三井物産からNHKにやってきた、籾井会長の先輩です。記者会見で意味不明の言葉を口走ったり、国会答弁で突然英語をしゃべり出したりする人で、健康問題から辞任したばかり。毀誉褒貶相半ばする有名人だった島桂次ですが、会長不在の混乱下にあって、報道の自由墨守を宣言した姿勢は評価されていいでしょう。
この問題では日放労(NHK労組)が経営側とタッグを組んでいます。同5日付の朝日新聞「NHK・日放労 閣僚発言に反発強める 『言論の自由に介入』」から引用します。
(前略)日放労は、NHKに対し「番組内容について、権力の干渉や介入があってはならない。経営は、いかなる場合にも不偏不党の精神にもとづき、き然とした態度をとるべきだ」と申し入れた。(引用おしまい)
このころの「不偏不党」の意味合いは、籾井会長の語るそれとはだいぶ違うようです。当時と現在とでは、放送用語の解釈が変わっているのでしょうか。
とまれ、この労使共闘は片岡を発言撤回に追い込みました。同7日付の朝日新聞夕刊「『発言、軽率だった』 郵政相 NHKへの不満撤回」から引用します。
片岡郵政相は7日朝、閣議後の記者会見で、日本放送協会(NHK)の消費税報道に不満を述べたことについて、「発言は軽率であった。反省しており、NHKと私との職務関係から公式にも非公式にも言うべきではないと思っている」と述べた。非公式にNHKに不満を伝えるとした4日の発言を撤回したもの。(引用おしまい)
国民の知る権利が、知らせたくない権力に勝ちました。でも、この程度で自民党が反省するはずがありません。その後の党総務会の様子を伝えた同14日付の朝日新聞夕刊「消費税報道 批判が続出 『政府がゴツンと』」から引用します。
14日の自民党総務会で、副会長の世耕政隆氏(元自治相)が、NHKの消費税報道を取り上げ、「NHKは消費税の批判ばかりしていて、所得税減税など政府がPRしたいことを伝えてくれない。NHKに対して、政府がゴツンとゲンコツをくれてやるぐらいでないと困る」と政府の対応を促す発言をし、出席者からも同調する声が相次いだ。(引用おしまい)
最近も「マスコミを懲らしめる」「沖縄の新聞をつぶせ」といった言辞が飛び交った“勉強会”がありました。デジャブですか。ホント、自民党ってブレません。
今回はNHKの事例を取り上げましたが、同じ危険は民放テレビ・ラジオ・新聞などすべてのメディアにあてはまります。いや、もうすでにおかしくなっているのかな。
安倍チャンネル、安倍新聞、安倍雑誌ばかりの国は北朝鮮と同じ。放送受信料や新聞購読費を支払う、情報を買う側の人間として、自腹を切ってゴミをつかまされるのはまっぴらゴメンです。