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2015/01/30

ロータリーバイクを開発せよ・スズキのプロジェクトX(バツ)その2

スズキの新型アルトのデザインはイカレてイカしてますね。
CMで強調しているから、フロントマスクによほど自信があるんでしょう。後方ドアの色が車体と違うのも独特です。赤のボディに黒いドア。バイク部門で時々使うヨシムラカラーを引っ張ってきたのかな? 二輪車チームでおなじみの青白でカラーリング追加したら、変態さんスズキマニアの間で話題になりそう。主力車種にこんな意匠を投げ込むとは、さすがスズキ。まだ街中で見かけないけど売れてるのかな。ちょっと心配。
前項からの続きです。ロータリーエンジンを搭載した量産オートバイやチェーンソーなどの開発をもくろみ、浜松ロータリー帝国建国の夢にかられたスズキの前に、エンジン技術の特許を取得しているライバル社マツダが立ちはだかりました。「設計図は渡さない!」。まるでアニメか特撮番組のようです。
オイルタンクに「2500cc」の指示。2.5リッターも油入れて冷やせと?
1973年、事態は一変します。第4次中東戦争が勃発して、産油国は原油価格をババ上げ。第一次オイルショックの到来です。公害や騒音のみが問題だった自動車産業に「燃費」の概念が持ち込まれ、その点に難のあったロータリーは、いやマツダ本体すら存続の危機に陥りました。
日産をはじめ各社はなだれを打ってロータリーエンジン開発から撤退します、一社を除いては。
197411月1日付の朝日新聞「RE特許、鈴木に譲渡」から引用します。
(前略)東洋工業は、ロータリーエンジン(RE)に関する同社の特許を鈴木自動車工業に譲渡(実施許諾)する方針を固め、このほど具体的な交渉に入った。鈴木自はRE積載二輪車を11月から米国で発売する。
東洋工がREに関する特許を内外の自動車メーカーに譲渡するのは初めてのことで、ここへきて二輪車用にせよ、特許譲渡に応じたことは、世界でのREの普及にも経営立て直しを迫られている東洋工の今後の路線にからむ業界再編成にも、相当な影響を与えそうだ。
REの基本特許は西ドイツのNSU、バンケル両社が持っており、これを各国の自動車メーカーなどが導入して実用化を目ざしている。早くからこれに取り組んだ東洋工は、RE車の量産化に成功した世界唯一のメーカーで、すでに380にも及ぶ周辺特許を取得、実用化に必要な周辺特許はほとんど押さえているともいわれている。
(中略)東洋工は、REの先発メーカーとしての独占的地位を維持するため、他のメーカー、とくに国内の自動車メーカーには特許もノウハウ(技術情報)も譲渡しない方針をとってきた。しかし、石油危機以来、燃料消費が多いため急落したREの評価を回復させるためには、REを普及させるのが有効と判断、特許譲渡に方針を転換したものである。(引用おしまい)
マツダはロータリーを守るため、スズキに虎の子の特許を譲渡することで命綱の保全を図ったのでした。全世界を覆った厄災、恐怖の大王「オイル危機」を天啓だとほくそ笑んだ少数のクルマ工業関係者がいたと、おじさんは邪推しています。もちろん、スズキのロータリー開発チームです。
そして迎えた11月1日、スズキは497ccの新型モーターサイクル「RE-5」の発売を発表しました。名前の由来は「ロータリーエンジン500cc」。身も蓋もないのですが、全く新しいアプローチのバイクを公告するに最適だと考えたのでしょうね。
北米・ヨーロッパ・オーストラリアのみの販売で、珍走団の騒音ならびに公害問題に悩む日本では、なぜか売られませんでした。
車体はフォルクスワーゲン・ゴルフやアルファロメオ等、あまたの名車のデザイナー・ジウジアーロ。チカラが入っています。
巨大ラジエター。ホーンの場所もここ?
当時のロータリーは発熱量がすごかったらしく、RE-5の写真を見ると実車を見ると、バカでかいラジエターがイタリア人デザイナーの手による造形をぶち壊しています。冷却・循環系も実に凝った構造になっているようですが、このブログは一応、歴史ジャンルを標榜しているので、そこは割愛します。
絶対の自信作発売にあたり、スズキはなんと月売1000台という大ヒットを見込んでいました。ウソじゃありません。当時の新聞記事にそう書いてあります。
どの程度売れたのか知りませんが、いいとこ1、2年でRE-5は絶版となったみたいです。特許やら機構やら、コストをかけまくった末の惨敗でした。オイルショックの真っただ中に、燃費の評判が悪いエンジンのオートバイを自信満々で売り出す。世情をしん酌することが苦手なスズキの面目躍如のエピソードでした。
メーターも、普通の形は許さないスズキ仕様
スズキはもちろん、その後ロータリーエンジンを積んだオートバイを造ろうとした酔狂なメーカーはありません。いつも失敗作はさっさと放棄して、その技術を継承することなく、恬然として恥じないのがスズキの悪癖潔さですが、この経験が今のスズキに生かされていると考えるのはうがち過ぎでしょうか?
新型アルトの軽い車重には驚きました。一部オートバイファンの間でスズキの軽量フェチは有名ですが、その思想をクルマにも持ち込んだのですね。軽自動車のラグジュアリー化による重量増が流行する中、衝突安全性を考慮しつつ、大幅な軽量化ができる技術と、それを推進する志はなまなかではありません。
あっという間に消え去ったロータリー。哀愁の後ろ姿
良いクルマの基本は、走る、曲がる、止まる。車重が軽いほど有利です。燃費の向上にもっとも影響するのも軽さ。「新技術の何ちゃらエンジン」ではない。物理の法則に明らかです。
主力製品の軽量化=燃費向上は、RE-5の教訓を身をもって知ったスズキらしい戦略だと、おじさんは評価しています。
賛否が分かれまくるであろうアルトの顔面を打ち出す広告も支持します。1台が高価なクルマの商品宣伝は、企業の技術力か、そのクルマを得ることによるライフスタイルの提案であるべきです。こんな顔のステキなクルマに乗って下さいとの提案になっている。ステキかどうかは趣味の問題ですがね。自社製品を十把一からげにして、自動ブレーキばっかり宣伝しているメーカーには、スズキの姿勢を見習えと言いたい。
マーケティングなる商品戦略をほぼ無視、出したいモノを欲求のまま市販し、浮上と沈没を繰り返すスズキ。成熟した社会で安全策に走る大企業が軒を連ねる我が国において、実際の市場でトライアンドエラーを繰り返し、消費者を笑わせるに選択の幅を与える稀有な会社として、そのポリシーを曲げることなく、今後も繁栄していただきたいものです。

追記:スズキの70年史を読むと、この「失敗作」に大きく説明が割かれているのに驚きます。技術的にも営業的にも同社に何の成果ももたらさなかったのに。SECM(めっき技術)などに貢献したとまで擁護されています。つくづく不思議な会社です。