若者のモーターサイクル、クルマ離れが一般認識として共有された2014年。日米欧の景気もなかなか上向かない状況下に、突如300馬力のオートバイを市販すると発表したメーカーがありました。
もちろん、カワサキです。役所も市民の眼も怖かねえ。商業的成功も望まねえ。ただ単に「漢(おとこ)」の称号がほしいだけなんですね。わかります。
朝日新聞の商用データベースで「川崎重工、オートバイ」で検索すると、「欠陥の判決」、「世界最速」、「世界最大排気量」などの記事がヒットします(「世界最」の場合、その前のタイトルホルダーは大方がスズキ)。
幸か不幸か、カワサキを所有した経験がありません。免許取り立ての良い子はカワサキに乗ってはいけないとか、ホンダのハンドルロックはカギ入れたら即できるけど、カワサキのはハンドル動かしながら何度も探らないとかかんないとか、オイル漏れを気にする人は乗っちゃダメだとか、散々な都市伝説を聞かされてきたので、臆病風に吹かれたおじさんは、漢になれぬまま生きてきました。
そうそう、不人気車を乗り継いだせいでバイク屋のオヤジに、安物買いの珍車マニアだと思われて、カワサキの原付をつかまされかけたことがありましたっけ。
すっごくダサかった。カワサキの50cc、しかも4サイクルエンジンだという時点ですでに珍しいのに、アップハンドルアメリカンのカワサキ流デザインです。
理解できない開発意図。ところが新聞に載ってました、カワサキの意図が。
1982年10月22日付の朝日新聞「バイク物足りぬ人に」から引用します。
川崎重工業はオートバイの新機種AV50とZ250FTを1月(注・11月?)15日から発売する。AV50は同社初の4サイクルエンジンを搭載、買い物バイクにあきたらない女性までを含めた幅広いユーザー層をねらった。ゆったりとした運転姿勢がとれるアメリカン・スタイルで、標準価格は14万5千円。(引用おしまい)
買い物バイクにあきたらない女性を含めた幅広いユーザー層? いやいや、限りなくニッチでしょ。カワサキ原付に流れるとしたら、一部のスズキ女性(存在するのか?)。
商品名は「AV50」でしたか。今だと18歳未満鑑賞禁止の映像作品みたいで座りが悪いですね。なんかモジモジしちゃう。
とはいえ、AV50は、カワサキが女性消費者を意識した唯一無二の商品として記憶されるべきではないでしょうか。あさっての方向性で女性にアピールしてしまうところが、彼女いない歴ウン十年の漢クンの初恋のようで微笑ましい。
11月の発売だとすると、24節気でいえば、立冬を過ぎてそろそろ小雪を迎えんとする寒い時期に「幅広いユーザー層」へのバイクを売り出すセンスも、女性の扱いに慣れた上位各社とは一線を画しています(「蘭」や「薔薇」を出すスズキはアバズレ好みですが)。
そんなカワサキは、日米貿易摩擦が表面化する以前の1970年代半ばに、一番乗りで米国に工場を建設する、進取の気風を見せました。
1974年1月24日付の朝日新聞「米で二輪車を生産 川重が初進出」から引用します。
川崎重工業は、今年10月から米国でオートバイの組み立て生産を始めると、23日発表した。米国で二輪車の生産を始めるのは二輪工業界では初めて。
計画によると、工場は、川崎重工の現地の販売会社である「カワサキ・モータース」が、ネブラスカ州リンカーン市に建設するもので、当面月産3000台で出発し、2年後には1万台に引き揚げる。米国での二輪車需要はこのところ急成長し、世界最大の市場になっている。川崎重工は生産の7割程度を米国に輸出しており、米国での販売をさらにふやすねらいから組み立て生産に踏み切った。(引用おしまい)
アメリカ人はカワサキ好き。わかります。漢が貿易問題なんか気にしちゃいけない。大陸のマッチョ市場に応えただけですね。進取というのは、うがち過ぎでした。
そういえば、「白バイ野郎ジョン&パンチ」ってメリケンドラマのバイクもカワサキでした。ホンダだと「白バイ君」、ヤマハなら「オシャレ白バイ」、スズキでは「白バイマニア」あたりが邦題になりそうですが、「野郎」となればカワサキしかいません。アメリカの風景にはカワサキが必須だ。
川崎重工業には今後とも、女子供や、おじさんのごとき軟弱ジジイに媚を売ることなく、パワーが正義の米国人や、オートバイに求道する大和武士を相手に、漢道(おとこみち)を貫いてもらいたいです。300馬力、野次馬として楽しみにしています。