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2014/12/23

戦車ナメるな、国肥やせ(3)

前線の我らが神軍は、映画「フューリー(Fury)」のドイツ兵並みに愚かでしたが、彼ら以上に無謀でした。前項からの続きです。引き続き1945年2月19日付の朝日新聞「敵米国の戦車」から引用します。
元来戦車をやっつけるのは対戦車砲であり、また飛行機である。これがため、敵はその戦車に飛行機と砲兵を協同させて、まずわが対戦車火器を壊滅してのち、はじめてわが戦車に戦いを挑んで来る。それ故、もし我に優勢な飛行機があれば、同様に敵の飛行機なり砲兵をやっつけて、後は対戦車火器と飛行機で戦車を守りつつ敵戦車に向かうことが出来るのだが、残念ながら今日ではこれが出来ない。そこで我が軍は夜間敵の飛行機や砲兵の活動が途絶えたときを計って壮烈な肉弾斬り込みを行っているのである。
ルソンはいま爆雷を抱いて挺進、敵戦車に突入し、我が身もろともこれを爆砕する皇軍独特の方法や、あるいは強力な爆雷を使用して、さすがのシャーマン戦車に直径2尺(注・60センチ強)くらいの大穴をあけるなど、まことに皇軍の兵隊以外にこのような壮烈な戦闘をなしうるものはないといえよう。(引用おしまい)
何事も隠しまくって「大勝利」の発表会ばかりやってた皇軍にしては、異常な正直さです。本来は正直な方が正常なんですが。
制空権すでになく、火力に劣り、マトモに戦っては勝ち目のない帝国陸軍は、戦車相手に夜襲と軍刀抜いての斬り込みばっかりやってたわけです。「フューリー」のニセ独軍以下の愚かしい組織。それが皇軍です。この期に及んで国民に何を言いたいのか。そろそろ本音が出てきますよ。引き続き同記事から引用します。
しかしわれわれは銃後の国民として、この点からも深甚な反省を必要とするのではなかろうか。われわれはこれらの肉弾勇士たちをただただ感謝と感嘆の眼で眺めていてよいものだろうか。3千年来伝統の大和魂はわれらの最後の切り札として、われわれはまず航空兵器の増産と対戦車砲とこれらの砲爆弾の大生産が刻下の急務なのである。もちろん皇軍戦車部隊はあらゆる欠乏に打ち克って、あくまで肉攻隊魂を発揮して創意をめぐらし、戦法に戦技に不屈の訓練を積んでいる。わが対戦車砲の威力が足りなければ敵戦車の弱点をみつけてこれを射撃する。熟練した射手が戦死すれば、わが戦車を敵戦車に体当たりして、馬乗りとなって撃てば必ずあたる。この烈々たる戦車兵の闘魂を知ってもらいたい。そしてルソンの敵を殲滅するため、大出血作戦に最後の勝利をかち得るため、まず翼の増産に1億国民が邁進すべきことを強調したいのである。(引用おしまい)
お得意の大和魂なんかこの際どうでもいいから、飛行機造ってくれ、対戦車砲と砲弾送ってくれってことです。機甲部隊の本部将校が「戦車造れ」と口にしないのです。かほどに日本軍の戦車は役立たずだったのでしょう。戦車が戦車に馬乗りって何よ。戦争じゃなくて、ギネスの珍記録狙ってた?
「フューリー」を鑑賞して、ドイツならぬ日本陸軍の愚かしさに思いを馳せ、靖国神社で九七式中戦車なる戦場に出してはいけなかったガラクタを見て、こんなのに乗せられてあたら若い命を落とし、英霊にされてしまった人々のことを考える。集団的自衛権がやってくる年を迎えるにあたり、楽しい歳末の過ごし方だと思いませんか。
クリスマスイブに彼女といかが?