コピー禁止

2014/06/17

ASKA逮捕と、出版する権利の放棄(1)

歌手のASKAが覚せい剤使用などの容疑で逮捕された事件で、おじさんが何とも気に入らないのが、作品の出荷停止と回収を決めたレコード会社、ユニバーサルミュージックの対応です。薬物まん延助長の歌でもない、ぶっちゃけ、いいとこたわいのないラブソングです。違法薬物使用が原因で流通停止になるなら、ビートルズ(The Beatles)もローリングストーンズ(The Rolling Stones)もアウトでしょう。
ユニバーサルの公式サイトを見ると、ビリー・ホリデイ(Billie Holiday)、チェット・ベイカー(Chet Baker)、チャーリー・パーカー(Charlie Parker)ら、薬物依存の横綱みたいな人のCDも売っているし、ヒップホップ関係には、メンバーがドラッグ摂取で死んだグループもある。ことさらASKAに過剰反応して出版自粛する理由が、おじさん理解不能です。せっかく憲法で保障されている出版の権利を自ら放棄する空気が広がっていくんじゃないか、と心配になります。
今日は戦時中の1943年1月16日の朝日新聞から、英米音楽のレコード出版が禁止された際の音楽学者田辺尚雄の寄稿「恥ずべき禁止令 米英音楽の排除について」を引用します。田辺尚雄は民族音楽の記録や古楽器の研究などに大変な功績があった人だそうです。太字挿入はおじさんによります。

今回敵国米英の楽曲を吹き込んだ音盤の使用を停止するの令が発せられた。当然のことがなされたのであって、今更何の問題もある筈はない。国民に確り(しっかり)した決戦の覚悟があれば、敵愾心(てきがいしん)の上からでも、国民自身から率先してその廃棄がなさるべきであった。今更上よりその禁止の令が出るなどは聊か(いささか)恥ずかしい次第である。
この大決戦(注・第二次世界大戦)の勝敗の鍵の一つは国民の米英に対する敵愾心の強弱にある。敵米英は日本に対して徹底的な敵愾心を以て臨んで居る。これに対して我国民が敵国の文化に心酔して居て、それで戦争に勝てる筈があらうか。万一この戦争に負けたら、文化どころか、国自体が無くなってしまふのである。
今日、米英音楽に対して、その功罪を論じたりするのは、個人あつて国家あるを意に介しない所の自由主義的な音楽家の一部の人だけの仕事である。彼らの言ふ所は、米英の音楽でもよい所はある(「蛍の光」や「庭の干し草」の如き)、それまで排除するのは大国民の態度ではないといふのを信条として居る。かかることを言ふ人に限つて、西洋の文化だけしか知らず、自国の文化の神髄に就て(ついて)何ら研究したこともなく、単に西洋音楽といふ井中の蛙(かわず)式な書生議論を唯一の信条として居るものである。(後略、引用おしまい)

「井の中のカワズはお前じゃ!」と突っ込みたくなりますね、田辺先生にはまことに失礼ですが。英米の音楽をおとしめるつもりだったのが、途中から西洋文化全体が標的に変わって、同盟国のベートーベン(Beethoven)もプッチーニ(Puccini)もごっちゃにしてしまいました。ワーグナー(Wagner)を愛するヒトラー(Hitler)が聞いたら、ガス室送りにされそう。「庭の干し草」ってドイツ人の作曲じゃなかったっけ?
田辺の主張はこっけいだけど、出版の権利が著しく制限されてしまうと、こんな言説だって平気でまかり通るという事実はこわいよね。
西洋文化への無知と偏見に後押しされて暴走する田辺尚雄の筆は、いよいよあさっての方向を向いて止まりません。この項、続きます。

追記・ありがたいことに海外からのアクセスが多いので、外国の固有名詞にはアルファベットを併記します。