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2015/01/20

「花燃ゆ」、久坂玄瑞の演技力(1)

阪神・淡路大震災20年を迎えた1月17日にNHKが放送したドキュメンタリー「満月の夕」は、金と時間をかけてテーマを刻み込んだ、公共放送にしかできないであろう力作でした。ラストの演奏シーンには涙目になりました。ソウル・フラワー・ユニオンの皆さん、お久しぶりで。それなりにトシいってたけど、あなた方、やることやったんだよね。
翌日は大河ドラマです。同じ放送局とは思えぬ空っぽの中身。前回、憂国の士たる小田村伊之助が、必死で守るべき日本国の地図の真上で、指に着いた菓子の粉をはたき落とし、ほんまは国防の興味あれへんねんムードを全開にしたところで思わず目をつぶってしまいました。
現場スタッフの熱の無さというか、「やりゃいいんだろ感」が画面から漂ってきます。全てを雑に処理して終わり、それじゃ飲みに行こうか的空気。杞憂だといいのですが。
第3回は吉田松陰の友人久坂玄瑞登場。後に禁門の変を引き起こして、長州藩を朝敵に仕立てた「維新功労者」です。
こいつの設定が、おみくじの吉凶にいちいちウジウジする占い男子。京都御所を襲撃する直前にも、蛤御門近くの神社でおみくじ引くんじゃないか? 「大吉出たあ。全員、突撃〜!」とかやらないでね。
今日、問題にしたいのは久坂を演じる東出昌大さんのお芝居です。下手ですね。最初に申し述べておきますが、将来ある若い俳優をけなして叩いてバカにする趣旨ではありませんよ。
彼の演技は「ごちそうさん」で初めて拝見しました。「花子とアン」に茂木健一郎さんが出演するまでは、セリフを口にする度に、こっちは吹き出すしかない朝ドラ史上最強の必笑マシーンでした。
まあ、それは済んだこと。大河では、その成長した姿を見せてもらえると期待していたおじさんの人の良さを恥じます。
タレント事務所は何をやってるんですか。こんな仕事の選び方では、東出さんはちょっと背が高いだけの大根として短期間で消費され、見捨てられてしまいます。テレビや映画の出番は数年先送りにして、今のうちに撮り直しや妥協の効かない演劇の舞台に放り込んで一から鍛え直さなければ、本人もファンも不幸になります。さっさとヒロインと祝言挙げて御所を襲わせ、死んでもらったら、すぐに劇場に投げ込んで下さい。回想場面の新規撮影も禁止。
今回の大河は、「イケメン」に交じった毛利敬親役の北大路欣也さんが重厚だと言われているようですが、北大路さんにも芸をおざなりにした時期がありました。それを乗り越えて今がある。東出さんをはじめ、マネージメントのエゴなどの諸事情から、実力不足のまま「花燃ゆ」のような映像劇にかり出され、みじめな演技を披露させられている若手たちを救う一助になればと、そのエピソードを紹介します。
196710月1日付の朝日新聞「おろされた“若き獅子”」から引用します。
日生劇場では、10月公演「若き獅子たちの伝説」(石原慎太郎作)の初日を3日後にひかえた30日夜、主役の北大路欣也を新人の浜畑賢吉に変更することを決めた。演出の浅利慶太氏が「北大路のけいこ態度が不熱心で、観客に見せうる演技になっていない」として主役変更にふみきったものだが、初日をひかえて、このような理由で主役をおろした例は珍しい。北大路が来年のNHK大型テレビドラマ「竜馬がゆく」の主役にきまったばかりであるだけに、各方面に反響を呼ぶものとみられる。
日生劇場側の話によると、けいこは9月6日から始められたが、北大路はカゼと称してほとんど出てこなかった。18日にジの手術のため東京・青山の病院に入り、25日から再びけいこに顔をみせたが、いつも短時間で帰宅してしまったという。
30日は午後4時ごろから舞台げいこが始まったが、台本を手にしていたのは北大路だけで、しかも小声で読み上げるためほとんど聞きとれず、演出のスタッフを悩ませた。そのうえ台本を読み違えることもあって、演出者の浅利慶太氏が舞台にかけより、大声をはりあげ、けいこも中断されるという騒ぎになった。
北大路は、出演者たちに「どうもすみません」と一礼、さっさと舞台わきに引き揚げ、午後8時すぎ浅利氏は主役交代を発表した。
(中略)浅利慶太氏の話 25日まで待っても台本を1行も覚えてもらえなかったのにたまらなかった。今後あのような態度では、日生は一切彼を使わぬつもりです。浜畑で北大路以上の舞台にする自信がありますので切符の払い戻しは考えていません。
北大路欣也の話 私としては、あれ以上いわれても出来なくて、芝居に追いついて行けなかった。お客さんには、どういうふうにあやまっていいか、わかりません。(引用おしまい)
北大路さんは、時代劇映画のスーパースター市川右太衛門の息子さんです。しかし、いかに毛並みが良くとも精進なくば降板させられるのが舞台です。北大路さんは後年、宝田明さんがけがをしたミュージカルの舞台に代役として指名されます。急な代役に選ばれるのは、力を認められている証拠です。事件後から努力したんですね。
ネットでの評価やトーク番組を見る限り、東出さんは好青年らしく、おごることはなさそうです。でも、そんなことは俳優には関係ないんです。品行方正な素人より、愛人こしらえて嫡外子がいる名優の方が大事です。理不尽ですが、我々が求めるエンタテイメントの世界とはそういうもの。
繰り返しますが、今の東出さんはカネを払った観客の目によって自分が磨かれる演劇経験を積まなければ、先が見込めません。
おじさんがタレントを見る基準は「他に代えが利くかどうか」です。長生きしたければ舞台に目を向けませんか? なかなか魅力的な世界みたいですよ。
この項、続きます。次回は降板させられた北大路欣也さんの代役になった「演劇バカ」浜畑賢吉さんのお話をします。