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2015/01/16

阪神大震災と原発を考えてみる

暖房需要がすさまじい歳末、東京の目黒川の川面にイルミネーションが煌々と輝き、リポーターが「青の洞窟です」とか何とか騒いでいる映像を見て、「原発なんか動かさんとも、日本は十分電気足りてるやん」と思いました。その晩、トイレの電灯を消し忘れて、反省しました。
その翌日、「Zero Emission(環境への排出ゼロ)」と、横っ腹に自慢気に大書きされた電気自動車が走っているのを見て、所有者はホントにこのクルマが環境に優しいと思ってるんだろうか、と余計なお世話の思考を巡らせてしまいました。
日本の電力の多くは、多量の二酸化炭素を吐き出す火力発電に頼っています。動力を電気に任せる以上、電気自動車は地球を汚さないとの認識は間違っています。クルマに書き殴られた「Zero Emission」が、所有者のオリジナルだったのか、メーカーの純正なのか知りませんが、万一後者であれば、消費者をミスリードする文言は止めていただきたい。
おじさんですか? 10年以上前に製造されたスズキのガソリン車を、オートマよりはパワーロス、二酸化炭素排出量が少ないマニュアルミッションで、レバーをえっちらおっちら動かしながら、環境を汚染しつつ動かしています。少なくとも地球を汚している自覚はあります。
前置きが長くなってしまいました。明日で阪神・淡路大震災から20年。あっという間ですね。おじさんの周囲からは幸い死者は出ませんでしたが、電気もガスも水道も止まった中、ゆがんだ家の中ですきま風にさらされながら苦労した人をたくさん知っています。電気があって当たり前、という昨今の認識について何か考えてみたいなと思って、図書館で昔の新聞記事をあさってみました。
今年は阪神20年であると同時に、同じく兵庫県を襲った北但馬地震90周年でもあります。今ではなじみの薄い、忘れかけられた震災ですが、原発事故に見舞われた日本のエネルギー政策に対する認識にもかかわる事件だと思います。
1925年5月24日付の大阪朝日新聞号外から引用します。仮名遣いや句読点は、おじさんが現代風に改めています。
久美浜は初め、何人も死傷、倒壊家屋等の数字を聞いてそれほどとも思わなかったが、実際に見るに及んで、その被害のはなはだしいのに驚く。同町約450戸、一つとして満足なものなく、全壊にあらずんば半壊、半壊にあらずんばあるいは傾き、ほとんど原型をとどむるものもない。
旅館古谷新館は建てたばかりであるが立ったまま2階建ての建物が約5寸、北方へ移動して土台石からはずれて落ちようとしている。中村熊野郡長の官舎は建築して間がないのに、危険で再び使用に堪えない。その他、新しきも古きも使用に堪えぬ点は同様で、熊野郡役所、久美浜警察署、同公会堂、同町役場、久美尋常高等小学校、西方寺等、町の主要なる建物はことごとく倒壊し、屋内で辛くも事務を執っているのは同町450戸中、ただ郵便局あるのみである。
電灯は豊岡から供給されているが、豊岡の大火のため、全町はもとより周囲の村落も全く暗黒で、数里の間に見るものはただ警戒の警官、青年団、在郷軍人の警備する提灯のみである。23日午前1114分(同町は豊岡の電灯会社の消灯によりて時間を合わせているため、一般の時間とは3分ほど違っていた)、第1回地震によってほとんど全町倒壊、四方の大地は亀裂して塩水を噴出し、郡役所付近のごときは、東西に長くいくつもの大亀裂が生じ、それから噴出する水のため、海からおよそ200メートル離れている郡役所のあたりまで海のごとく水があふれた。したがって清水枯渇し、飲料水に困り、町ははるか山手にある円照寺まで水を汲みに行っているが、その水まで濁っている。(引用おしまい)
久美浜町を取り上げたのは、近年まで関西電力の原発建設計画があったからです。記事を読む限り、とても地震に対して強固な地盤だとは思えません。 電力会社は原発の安全性をどこまで考えて立地要件を満たそうとするのか。
現代の建築技術なら大丈夫だという意見には異を唱えたい。2011年3月に、人類の希望的想定には限界があることを我々は知りました。「阪神」より前には、関西に大地震は来ないと公言していた人も大勢いましたよ。希望はしょせん希望でしかないんですね。パンドラの匣の中にも希望はいましたけど、それより大勢の厄災が先に出てきましたもの。
明日は、電気があって当然だっていう、おじさん自身にもある甘えをかみしめながら過ごしたいと思います。