コピー禁止

2015/01/15

テロの損得勘定

フランスの新聞「シャルリー・エブド」最新号が売れているようです。
表現の自由が暴力と恐怖によって脅かされることには絶対に反対ですが、今回のシャルリーの表紙にイスラムの預言者ムハンマドの戯画が描かれている点には疑問を覚えます。
イスラムの教えは偶像崇拝を厳しく禁じていますから、漫画の掲載はテロと関係のない一般教徒の心情を傷つけることになりませんか?
我が信じる神にあらずんば冒とくすれど主はお許しになる、っていう信仰なのかな? 思想信条の自由を盾に、近所迷惑を考えず靖国神社に参拝する総理大臣に似た身勝手さを感じてしまいます。パリジャンのエスプリって、その程度なの?
とはいえ、一番いけないのはテロリストです。問答無用にジャーナリストをぶっ殺した結果、ヨーロッパでは反イスラムの世論が巻き起こり、英BBCまでがムハンマドの偶像化禁止ガイドラインを見直そうとしている。危険な兆候です。暴発が、同じ神を信じる仲間たちを苦しめているのです。
テロにはリスクこそあれ、リターンなどあるのでしょうか? 今日は77年前に同じパリで起こった、ドイツ大使館員暗殺事件から、いろいろと考えてみます。
193811月8日付の東京朝日新聞「独外交官を狙撃、パリ独大使館に暴漢」から引用します。文頭に「同盟」とあるのは、戦前の通信社・同盟通信社のことです。仮名遣いなど、おじさんが現代風に改めています。
【パリ7日発同盟】7日午前、1名の暴漢が突如ドイツ大使館内に闖入して、居合わせたフォン・ラート書記官に向かって続けざまに拳銃弾2発を発射した。最初の一発は肩に、次の一発も腹部の肝臓付近に命中し、フォン・ラート書記官は重傷を負って、付近の療養所に担ぎ込まれた。犯人は駆けつけた警官によりただちに逮捕され、厳重な取り調べを受けている。(引用おしまい)
エルンスト・フォム・ラートがパリに勤務していた時代のドイツは、ヒトラー率いるナチス政権下にありました。ユダヤ人弾圧で有名ですね。
ここで困った事実が判明します。同日付同紙の「犯人はユダヤ人」から引用します。
【パリ7日発同盟】独大使館フォン・ラート書記官に重傷を負わせた犯人は、その後の取り調べの結果、ユダヤ系ポーランド人フカイベル・グリムスタン(17)と判明した。
凶行の理由は、ドイツからユダヤ人が放逐されたのに対して復讐せんとしたものだと係官に対して陳情している。(引用おしまい)
 現在では「ヘルシェル・グリュンシュパン」と表記されることが多いようです。ポーランド系ユダヤ人。当時はナチス同様の反ユダヤ主義国家だったポーランドは、彼らの再入国を完全拒否。帰属をめぐって、ドイツとモメにモメていました。
このテロを好機と、目ざといアドルフが見逃すはずがありません。フォム・ラートが死ぬと同時に行動を起こします。19381111日付の東京朝日新聞「独の反ユダヤ騒擾」から引用します。
【ベルリン10日発同盟】 ユダヤ系ポーランド青年に狙撃され、重傷を負った駐仏ドイツ大使館3等書記官フォン・ラート氏は9日午後、手当の甲斐なく遂に死去したが、この報がひとたびドイツに伝わるや、全国にたちまち反ユダヤ人の機運高まり、9日夜より10日午前にかけて首都ベルリンをはじめミュンヘン、ハンブルク、バイロイト、ケルン、フランクフルトその他の各地で打倒ユダヤ人のデモンストレーションが行われ、群衆はユダヤ教会を放火、焼却した。
ことにベルリンでは、激高した群衆はユダヤ人反対を高唱しながら街々を練り歩き、ユダヤ人商店及びビルディングで窓ガラスを破壊されぬ家とてなく、全部12のユダヤ教会のうち9つは放火され、現在なお盛んに燃えている。(引用おしまい)
欧州史に永遠に刻まれる「水晶の夜」と呼ばれる一夜です(朝日はベタ記事扱い)。
一見、ドイツ国民の自発的な暴動に見えますが、突撃隊や親衛隊といったナチスの組織が陰日向に動員された官製のテロでした。多くのユダヤ人が殺されました。
フォム・ラートはグリュンシュパンと顔見知りで、男色関係のもつれから殺された情死、テロではないという後年の研究もありますが、当時の扱いを基準に、かつシャルリー襲撃へのイスラムへの反響を考慮すれば、テロルは絶対に割に合わないと断言できます。ユダヤならユダヤ、イスラムならイスラム。それらを好まざる人たちは事件を利用するのです。結論、人殺しに益などない。
前述のごとく、おじさんは安倍首相の靖国参拝を愚かだと思います。一方で、伊藤博文を暗殺した安重根を英雄視する韓国の教育姿勢にも異議を唱えたい。
安重根の伊藤暗殺は、少なくとも日韓併合の行方に何の好影響ももたらしていません。韓国の未来を担うべきこどもたちに、テロリスト礼賛を強いる教育を施してどうするの? 彼ら彼女らにテロと縁のない幸福な人生を勧めるのが国家の務めだろうでしょうに。
テロリストを生むのは、上の連中の勝手な指図です。無知だったり、幼かったり、弱かったり、そんな人たちが使い捨てになる差別構造。
恥ずべきシステムですが、偶像禁止の預言者の戯画を発行したり、侵略戦争神社に参ったりといった挑発行為を控えるのも大人の振る舞いではないか、とも申し述べておきます。