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2017/11/26

ホンダ・東洋水産に見る実業家と政治の付き合い方

昔の本田と今のホンダ

経済高度成長に浮かれるほとんどの日本人が、貧しい理工学研究者への生活援助の必要性など思い及ばなかった1960年、2人の企業経営者がそのための財団の設立に動きました。原資は個人の定期預金と手持ちの自社株式を合わせた私費6億5千万円。運営を第三者に任せ、条件は出資者の匿名でした。
財団法人「作行会」は、32歳以下の大学・研究所に勤務する人たち合計1735人に奨学金を贈って技術大国の成長に貢献、20余年後に一定の役割を終えたとして解散します。最後に関係者向けに少数発行された財団史に初めて記された出資者の名は、本田宗一郎と藤沢武夫。本田技研工業の創業コンビです。
国の科学研究費への助成・補助金は競争を促すためのカネであって、研究に携わる生活者個人を助けるものではありません。行政のやらない善行を匿名で実行した経営者がいたからこそ、ホンダは通産省(現・経済産業省)の方針に逆らい続け、それを社長が公言し、なおかつ社業の拡大に成功したのだと思います。最後に名前を明かしたことで、無策の政府やあまたの他企業への問題提起にもなっています。
翻って現在のホンダを含む自動車産業界はどうか? 国内ではエコカーしか売れないから、とエコカー減税に首までどっぷり浸かって、ハイオクガソリンを盛大に焚きまくって走る300馬力超の高級セダンから重量2トン超の巨大SUVまでが、環境汚染影響度の低いエコカーに認定される、お国の不思議な制度を維持するのに必死じゃないですか。2014年の自民党への企業・団体献金ランキングでは、2位のトヨタを筆頭に日産10位、ホンダが20位。1位は各メーカー会員で構成される日本自動車工業会(以上、国民政治協会発表)ですから、事実上は二重の献金です。業界全体が税金コジキになっちゃってます。
これじゃ政治家がおかしなことをやったり言ったりしても、実業家が苦言の一つも口にできませんよね。生産・販売拠点がグローバル化した現在、人種・民族差別なんかを平然とぺらぺらぬかす奴なんかには、大企業の経営者こそが真っ先に言わなくちゃいけないんでしょうけど。

中曽根差別発言に抗した東洋水産社長

存在すら不確かな「武装難民」を射殺と言い出す麻生太郎副首相、「同性愛婚者は日本の伝統に合わないから国賓の晩餐会に呼ぶのは反対する」竹下亘・党総務会長、こどもを4人以上産んだ女性を厚労省が表彰する差別丸出しプランをぶち上げた山東昭子・元参院副議長などなど、アホの連鎖が止まらないのが今の自民党ですが、バスに乗り遅れるなとばかりにレイシズムの常連が、おっとり刀で推参しました。
自民党の山本幸三・前地方創生相がまたやらかしました。アフリカ諸国との交流を進める同僚に「なんであんな黒いのが好きなのか」と、公の場で話したと報道されています。おっさん、この手の発言はもう何度目だ? この人のヘイト気質は日本の常識なのに、先の衆院選で当選させた福岡10区の選挙民には猛省を求めたい。
政治家の人種差別発言といえば、1986年に起きた中曽根康弘首相による「知的水準発言」が有名です。自民党の全国研修会で「日本に比べると、アメリカには黒人、プエルトリコ人、メキシコ人とか、そういうのが相当おって、平均的にみて非常に水準が低い」という趣旨の話をして、日米両国で炎上しました。
この時、一般市民の怒声とともに気骨を見せた経営者がいました。東洋水産の創立者森和夫。生還率が異常に低かったノモンハン会戦の歩兵の生き残りで、戦後は「残りの人生はもらいものだ」と、商売でうそをつかず、誠心誠意に社業にまい進した人でした。その人物を描いた小説「燃ゆるとき」(高杉良著、角川文庫)は、これから社会に出る若いみんなの良識を育てる指針になりうる好著としてオススメします。小説の執筆に関して、作品のせいで潔癖なアイコン化されることを嫌った森の説得に、作者はかなり苦労したそうです。
中曽根発言当時、東洋水産はインスタントラーメンの米国進出を果たし、現地生産を進めていました。森は労働者の一部に、日本人の代表である首相の非礼に対する慰謝料として臨時ボーナスを給付します。1986年10月30日付の朝日新聞「経済ファイル おわびボーナス」から引用します。
「米国人は知識水準が劣るという中曽根首相の発言で大変な迷惑を受けました」と東洋水産の森和夫社長。ロサンゼルスにある即席ラーメンの工場(従業員160人)では100人ほどのメキシコ人を使っており、ふだんからモラールを高めるように努力してきた。中曽根発言で人間関係がおかしくならないよう、「おわび」のしるしの特別ボーナスを出したという。
「メキシコ人は若いせいもあって、流れ作業の速度を日本人より5割速めてもこなしている。中曽根首相もこれを知っていれば発言内容が変わったかもしれないのにね」と残念そうだ。(引用おしまい)
本田宗一郎、藤沢武夫同様に、普段は自らの美談公表を嫌っていた森和夫が、メキシコ人たちへの措置を表沙汰にした理由は、時の総理大臣への批判にあるのは明らかです。柔らかい物言いに終始していますが、内心苦り切っていたのではないでしょうか。
経団連の自民党への企業献金の加速度が増す中、正論を政治に、行政にぶつけられる実業家が、この国に果たして何人いるのでしょう? 自社・業界の利害の他に、人としての道を通そうという、本田や藤沢、森の再来・生まれ変わりがどこかで闘っているのでしょうか?
若いみんなも、いずれ就職先を探す時が来ます。資本金や業績以外にも、会社を判断する材料はたくさんあります。