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2016/06/01

“とと姉ちゃん”が告発したNHKの「偏向報道」

「連続駄作小説」を生む原因

NHK朝の連続テレビ小説が2013年の「ごちそうさん」からこっち、凡作駄作の山というのには困ったものです。
放送中の「とと姉ちゃん」にしても、ヒロインの試練といえば小学校、女学校、職場と軒並みのイジメ。戦前だというのに街には軍人の影もなく、ちまたには軍国主義の緊張感すら漂っていない。敗戦までの国家財政における軍事費の比率が帝国書院のウェブサイトに掲載されていますが、満州事変の年に30%を超えると、後はうなぎのぼりです。現在の北朝鮮を想像すれば、当時の庶民生活がいかに貧しいものであったか理解できようもの。豊かな暮らしを演出する昭和ロンダリングを垂れ流す歴史観の欠落と、作劇上の結果に至るまでの経過が描けぬ脚本の低スキルが、「ごちそうさん」以来の死して屍拾う者なき累々の駄作を再生産して止まぬ病根となっているのでしょうか。

「右に偏向し、体制べったり」

「とと姉ちゃん」主人公のモデル大橋鎭子が、フェアな商品診断、情報提供と消費者啓蒙に努めたのは、戦前の情報統制と女性教育の軽視を体験してきたからに相違ありません。
「暮しの手帖」は、あらゆる商品情報を読者に提供しました。テレビ番組だって商品として比較され誌面の俎上に乗せられます。偏向報道なんかもっての外。大橋ならびに、戦時体制下で聖戦完遂の先棒を担いだ反省を胸に刻む編集長花森安治が、戦争を引き起こした独裁と言論統制に敏感だったのは当然です。同誌は1971年4月1日発行の第2世紀第11号で、テレビの「困った番組読者投票」を発表しました。“困った番組”とは、単に低俗・俗悪といった表面的な意味ではなく、視聴者に「好ましくない影響を与える」番組の定義。教養・報道部門のワースト1位は「NHKニュース」。4244票中1784票を得た堂々たる栄冠です。誌上での講評を引用します。
「暮しの手帖」第2世紀第11号より

<NHKニュース>をなぜ困った番組とおもうのか、その理由をひろうと、つぎのようになる。
1右に偏向している
2一方の肩を持ちすぎる
3事実をまげすぎる、誇張しすぎる
4御用放送的においがつよい
以上の4つで、全体の74%を占めている。
しかも、この4つの理由は、じつは一つのことを言っているとみてもよさそうである。
一方の肩をもって、右に偏向しているために、ある事実をまげたり、ある事実を誇張しすぎたりして、結果的には御用放送的なにおいがつよくなっている、とこの人たちはみたのである。
(中略)要するに、現在の<NHKニュース>にあきたらない人たちの一番の不満は、政府あたりの意見の報道が大半で、私たち国民の側に立って逆に政府その他へ発言する、という姿勢があまりにも少なすぎる、ということではないか。(引用おしまい)
念のために申し述べておくと、これは現在のNHKに関するデータではありません。当時のNHK会長・前田義徳は、佐藤栄作とズブズブの仲でした。後の首相退任会見で新聞記者の臨席を拒んだ佐藤が、「テレビカメラはどこかね? NHKがどこにいるとか」と固有名詞を出すほどの蜜月ぶり。籾井勝人会長経営下の放送局を重ね合わせれば、わかりやすい状況ですね。だからこそ「暮しの手帖」の集計結果は、報道機関が権力に接近しすぎると国民の信用を失う典型例として、今再び語られるべきものです。
「時事放談」をはさんで3位につけた「ニュースの焦点」は、NHKのニュース解説番組。放送中の「時論公論」と同じようなプログラムです。「暮しの手帖」の調査分析を引用します。
主なものはつぎにあげる理由で、8割までがこれにつきている。
1右に偏向している
2体制べったり
3一方の肩を持ちすぎる
4事実をまげすぎる、誇張しすぎる
5冗漫である
6お説教が多い
(中略)なお、この投票の規定では、困った番組がいくつもあるときは、当然それぞれに投票してよいことになっている。そのために<NHKニュース>と<ニュースの焦点>と、両方に投票した人がいて当り前である。
しかし、その数を調べたら、両方に投票した人は、86名で<NHKニュース>の5%弱、<ニュースの焦点>については20%弱である。
この二つの番組に反対する理由が非常に似ているのは、同じ人が両方に投票しているためではなくて、やはり二つの番組の性格が、それほどよく似ている、ということだろう。(引用おしまい)
「困った番組」局別投票数「暮しの手帖」第2世紀第11号より
誤解を招かぬよう付け加えておくと、「時論公論」についての投票結果ではありませんよ。1971年の「ニュースの焦点」への視聴者の意見です。右に偏向して体制べったりなテレビ番組など掃いて捨てるほど存在していますから、特定のコンテンツにとらわれず複眼的なチェックをするのが肝要。他にも「解説スタジアム」とかあるからね。
興味深いのは、全体の有効投票数4万3千あまりの56%を主婦層が占めている点です。「暮しの手帖」がねらった戦後女性の教養の進歩、問題意識の向上は着実にはかられてきたと言っていいでしょう。
「暮しの手帖」の調査は、放送局追及の世論に火を着けました。追い込まれた公共放送はお手盛りの調査を行い、批判から逃れようとしました。同年6月24日付の読売新聞「あんぐる NHKニュースの偏向調査」から引用します。
NHKのニュースは偏向しているか否か--世論に突き上げられてNHKが調査をやった。同じNHKの考査室が手がけたのだから、NHKに悪かろうの結果が出るわけがない。このへんが“大衆のNHK”の盲点か。調査結果はこうだ--「扱い方に多少の問題はあるが、偏向などとんでもない」
この調査の発端は「暮しの手帖」がNHKのニュースをヤリ玉にあげ「これこそワースト」と決めつけた。NHKはこの事実さえ知らないと、おうようさを各方面から突き上げられ、やむなく調査を実施したといういわくつきだ。
調査は4、5月の11日間、正午と午後7時のニュースを民放4局と対比している。これによると、総合編集主義をとっている午後7時のニュースのワクは、民放と若干の違いが見られるが、特ダネを除いてNHKは大体のものはカバーしているという。
しかし、5月1日の「石田最高裁長官記者会見」は視聴率の密度の濃い午後7時でノータッチ。「メーデーのニュースもあり、高度の解説をつけるため、あえて9時のワクにおとした」ということだが、総合編集なら7時ワクにもほしいところ。こんどの調査は単なる項目と放送順序の対比だけ。アナウンサーの伝えるニュースとキャスターが解説をまじえて語るニュースでも差はある。問題は中身であり、取り上げ方。上なでした調査で「偏向なし」では、納得出来ない。この調査は釈明だけのためのものなのだろうか。(引用おしまい)
当時の午後9時のプログラムは、ただニュースを伝えるだけで、今の「ニュースウォッチ9」のような看板番組ではありませんでしたから、視聴者の関心は比較的低いものでした。「7時をはずして9時に流した」点が問題視されたのはそのためです。記事では、左派寄りの団体に所属する裁判官の再任拒否処分を行った最高裁の石田和外(かずと)長官が、その理由も述べぬまま処分強行を正当化した記者会見を、NHKが7時のニュースで扱わなかったところも「偏向」の根拠としています。

舛添・甘利・NHK

手前で整えた体裁をもって身の潔白を示す。最近似たような例がありましたね。東京都知事が、自らの疑惑の調査を“自分が雇った第三者”の厳しい目で調べると言っています。1971年にNHKが行った“調査”は、舛添要一知事のやり口と同じではありませんか。経済再生担当相だった甘利明氏だって、「第三者を交えた調査で説明責任を果たす」と表明していましたけど、あの話はどうなったんでしょう。
朝ドラ「とと姉ちゃん」が、かつてNHKを告発した大橋鎭子の人生とかけ離れた姿のままダラダラと放送されるのであれば、私たち視聴者は厳しい目をもって臨む必要があります。第三者の目とは、当事者に甘えを許さぬ厳格な性格であらねばなりません。戦後女性の眼力を育んできた泉下の大橋・花森も、そう願っているはずです。