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2015/12/05

M-1グランプリの値打ち

明日は若手・中堅漫才師の頂点を決めるM-1グランプリ決勝戦。その名に恥じぬ内容の芸を見せてもらいたいものです。
審査員が歴代王者というのも良い試みだと思います。最近の若手は作家に頼らず自分たちでネタを作るのが主流ですから、その苦労を知る人間の審美眼によるジャッジの方が昔ながらの眼より信用できる気がします。きよし師匠に頼る時代じゃない。
敗者復活戦には、聞いたことのない名前が増えました。ガチの賞レースらしくて好ましい。
おじさんの注目はPOISON GIRL BAND。以前のM-1決勝では散々な評価でしたが、今回は侮れません。メンバーの吉田大吾さんは、他のコンビから相方を選び舞台で次々と演題を披露する、柔道の乱取りみたいなハードな公演をやってました。その漫才へのこだわりに胸が熱くなりました。飛躍に期待しています。
時に神がかるほど面白いナイツが順当なんでしょうけどね。平和を愛するナイツが、戦争法推進の自公政権を笑いのめす風刺漫才でもやってくれたら、本気で尊敬しますがね。やってくれないかな。ダイアン、アガるなよ。
敗者復活戦の選考方法が視聴者投票という点に不安を覚えます。関西地区の素人選考員が好悪のみの基準によってDonDokoDonを事実上の解散に追い込み、おぎやはぎをつぶしにかかった、選考テロとも呼ぶべき第1回大会の惨事が思い出されます。芸事を見る目の冷静な対応が望まれます。観客が芸人を育てるとは、そういうことだと思います。
決勝進出者もフレッシュ。メイプル超合金という、名前も知らなかった出場者の演芸を見るのも楽しみです。
イチオシは、昨年の「THE MANZAI」に続いて和牛。この数年でぐんぐん面白くなっていますよ。言葉のチョイスと間の取り方が好み。将来の上方漫才を背負って立つ存在になるのではないかと期待しています。
全体として、もっとも気にかかっているのはネタの内容です。プロの漫才師が披露するんですから、コンビニの前にたむろする兄ちゃんたちの世間話ではいけません。芸能とは、高い水準の国語力、磨きぬかれたセンスで構成された寓話を、卓越した表現力で観客に提出するべきもの。本来なら素人が言うべきことではありませんが、レースである「THE MANZAI」で“肛門の汁”なんてゴミネタが全国放送の電波に乗る時代です。観客として、「芸能見せろ」と主張せざるをえません。
今日は、笑いを生涯追究した漫才作家秋田實について語ることで、その旨考えてみます。
秋田は、横山エンタツ・花菱アチャコら、昔の花形漫才師たちの台本を書き、低俗な笑いだと見られていた上方漫才を一流の芸能に引き上げました。一方で、月刊誌「漫才」を主宰、若手漫才師と作家たちをつなげる「笑(しょう)の会」設立に貢献、笑いの水準向上に努めました。
1977年10月27日、執筆中に倒れ急死した秋田を悼む翌28日付の読売新聞・赤松正弘記者による「“笑いの遺産”発展を」から引用します。
(前略)最近ほど漫才界の地盤沈下がさけばれたときはないだろう。不振の原因にはいろいろあるが、いまは興行会社の芸人を消耗品と考える姿勢に言及するつもりはない。まず漫才師の気質の変わりようが目立つのだ。勉強しないから、観客の文化、教育水準、生活意識の向上についていけない。相方の身体的欠陥(特徴)、不行跡を笑いのネタにするといった無定見、低俗さが目に余る。秋田さんが力を入れた「笑の会」のねらいはこんな漫才の一掃、健康な笑いの量産にあった。会をつくるに当たり、秋田さんは研究材料として古い漫才のレコードを300枚も寄贈したという。
秋田さんはエンタツ・アチャコをはじめ、初代(ミス)ワカナ・(玉松)一郎、ミヤコ蝶々・南都雄二、夢路いとし・喜味こいし、若井はんじ・けんじら数々の名コンビを育て、現在関西で活躍している約70組の漫才コンビの大半は“秋田学校”の生徒といえる。それだからこそ、この貴重な遺産をむだに食いつぶすべきではない。こんな時、ただ一つの救いは、「笑の会」世話役、有川寛さん(よみうりテレビディレクター)の「会は絶対に存続させます」の一言だった。
いずれにせよ、上方漫才界は秋田さんが生み、育てたしゃべくり漫才の正統を引き継ぐために、苦しい試練のときを迎える。(引用おしまい)
秋田の残した台本を収録した「昭和の漫才台本」シリーズ(文研出版)の戦中編には、軍の検閲が入り重苦しい空気が世相を覆う中、必死に客を笑わせようと七転八倒する秋田の筆跡が刻まれています。お笑い不遇の時代を知る秋田だからこそ、笑いの社会的な重さを痛感し、探求をやめなかったと考えるのはうがち過ぎでしょうか。表現の自由が保障された現代において、自家中毒、不勉強と無教養に棄損された笑いなど、なおさら見たくないのです。
大阪市中央区にある玉造神社に、秋田を顕彰する「秋田實笑魂碑」なる一物があります。小さな石碑に小さな一文が刻まれています。
「笑いを大切に」
秋田が遺した思いを、出場者たちが観客と視聴者に伝えることはできるのでしょうか。M-1が復活した価値を量るのはその一点にあると信じて、明日の視聴に臨みます。