コピー禁止

2015/04/24

福本豊を心より尊敬する

兵庫県の阪急西宮北口駅のそばに、巨大なショッピングモールがそびえ立っています。清潔な建物の中で大勢のマダムがお買い物をするその場所に、かつては女性はおろか多くの男性すら足を運ばない、きったない老朽化した野球場が鎮座していました。
西宮スタジアム。おじさんぐらいのトシだと、阪急西宮球場と呼んだ方が通りがいいですね。往時のパ・リーグ最強チーム、阪急ブレーブスのホームでした。
阪急は強いのに観客が来ない。直線距離で3キロもない甲子園での阪神のゲームは、負けても負けても負けても負けてもお客が集まるのに、勝ち続ける阪急は、なぜか野球ファンにシカトされます。
従って、不良債権化した球場は大きな改修を施されることもなく、人工芝なのに水はけの悪いグラウンドでは時々競輪が開催され、ガラのよろしくないおっちゃんたちがウロウロ。球場のすぐ脇にラブホテルもあって、最近話題の「カープ女子」風のブレーブスガールの気運など盛り上がろうはずもない場所でした。なにしろ女の子は、暗くなったらあの辺を歩いてはいけません、と親が言っていたエリアでした。
そんな場末の野球場を自在に駆けめぐり、国民栄誉賞を打診された選手がいます。
福本豊さん。現在は解説者兼バラエティタレントとして関西でご活躍ですけど、盗塁数の世界記録を打ち立てた名プレイヤーです。
福本さんは栄誉賞を辞退したそうです。「そんなんもろたら、立ち小便できひんようになるがな」との理由で受賞を断ったと、巷間言われているようですが、本心は「私は受賞者の王貞治さんみたいに選手や国民の手本になる人間ではないと判断した」というのが真相だったと、週刊誌か何かで読んだ記憶があります。
福本さんの盗塁記録は、むろん素晴らしいものですが、個人的には守備でのプレーが忘れ得ぬ強烈な思い出ですよ。1974年、西宮球場でのオールスターゲーム。阪神・田淵幸一選手の本塁打間違いなしの豪打をフェンスに上がって捕球してしまいました。
あのころの少年たちの間では「将来の夢はプロ野球選手」というのが通り相場でしたが、福本さんのスーパーキャッチを見たおじさんは、友達に「プロ野球は超人でないと無理ムリ」と、彼らのドリーム挫折を説いて回ったことを覚えています。
今日はそのオールスター戦を振り返ってみましょう。
1974年7月23日付の毎日新聞「金網ひらり  ツキ呼んだ福本」より引用します。
5回ーー田淵の打球が左中間へぐんぐん伸びた。2万4千余の観衆のほとんどがホームランの期待に息をのんだ瞬間、ドラマは急展開して筋書を変えた。俊足をとばした福本がサルを連想させる身軽さで金網によじ登り、体いっぱい伸ばしたグラブに白球がおさまったのだ。「途中で一度だめかと思った。しかし体がひとりでに動き金網によじのぼっていた。公式戦で金網にのぼったことはあるがとったのは初めてだ」と興奮気味の福本。「ちくしょう、おれだってあんなホームランをとられたのは初めてだ」と田淵。
(中略)しかし、残念なことにこの離れ技をやってのけたときに福本は傷ついた。かねてからいためていた左足の肉離れ。だましながら使ってきた左足は限界を超える超ファインプレーに耐えるのが精一杯だったかのように痛みをひろげた。「痛みが出たのは5、6回ごろ。あのプレーのためだとは思いたくないが……あるいはそれが原因かもしれない。その直後は痛くなかった」と福本。ほかに直接原因が見当たらないのだから興奮のため痛みなど忘れていたのだろう。
ところがこの小さな根性男。7回には貴重なダメ押しのホームランを左翼席にかっとばしてまた一塁側ファンを喜ばせた。「福本!福本!」の声援を受けて、普段なら軽快にダイヤモンドを一周するはずだが……よろけながらつまづきながら……それでも懸命にファンに手をあげてこたえていた。(引用おしまい)
毎日新聞の記事には、福本さんがけがをしたにもかかわらず、どうして出場を続けたのかが書いてありません。オールスターの成績は年棒に関係しません。無理をして後半戦を棒に振る方がバカバカしい。
同日付の朝日新聞「“本塁打を消す”」から引用します。
(前略)殊勲賞に選ばれた福本は「あの打球、もう半分はあきらめていたんですが、ままよとばかりに思い切って金網に登り、ヒョイと上を見たらピッタリのところへ落ちてきたんです。なんでも最後までやってみなければわからんもんです」と、自分でもあきれながら、打球に対する“執念”が幸運を呼び込んだとうちあけた。そして「きょうはこんなにたくさん見に来てもらったんだから、やる気も起きますよ」と、職人らしいプライドもチラリとのぞかせた。(引用おしまい)
朝日新聞には、福本さんが負傷したことが書いてありません。その点、わかりにくいのですが、両紙を読み比べると、福本さんのプロ意識が透けて見えます。
「最後までやってみなければわからない」、「たくさんの観客の前でプレイする喜び」。これぞプロではないですか。福本豊を手本に!  福本さんこそ国民栄誉賞に値する。
ネット情報ですが、近年になってこのスーパープレイを実況アナウンサーに言及された福本さんは、「わしはサルか」とまぜっかえしたそうですね。
福本さんらしい。でも、あのプレイはずっと記憶されています。
スポーツからプロ根性を学ぶなら、福本豊は欠かせません。スポーツとは関係ない職種でも同じ。福本さんのプロ根性は、あらゆる職業に通じる、普遍的な価値観に違いありません。