豪華けんらんたる大道具と衣装、超一流の照明等々、見どころはたくさんありますが、現代大衆演劇の大家の一人であろう、美輪明宏というモンスターを体験するだけでおつりがきます。
冒頭から早くて長いセリフを見事に決め、合計170分の長丁場をするするとこなして、最終盤には軸のブレぬ美しいダンス。来月80歳を迎えるとは思えません。
おそらく今の日本で、もっとも稽古がきつくて、でも一番幸せな俳優たちも見ることができますよ。
木村彰吾さんに中村歩さん。美輪さんとのわたり合いを重ねて、女賊黒蜥蜴が惚れるだけの、名探偵と愛人が備える男の色気を最終日まで磨いて下さい。期待大ですし、ご本人方には正念場だとも言えるでしょう。その道のキャリアある人から間近に教えをこえるのは、職種に関係なく厳しく、でも素晴らしいこと。
そうだ。スゴい俳優さんが、もう一人いました。役名「青い亀」の白川和子さん。小柄な体がパーンと弾けるような小気味いいお芝居です。時々シャーリー・マクレーンに見えた、と言ってもホメ過ぎではなかろう見事なコメディエンヌぶりでした。
白川さんはポルノ映画の出身です。1970年代初頭、日活の「団地妻」シリーズで「女王」と呼ばれるほどの人気を博しました。結婚してポルノを引退する際には、「実録白川和子・裸の履歴書」という自伝映画が作られるほどのスターだったんです。
白川さんの自伝を読みました。一家で引っ越した大阪の団地では「ポルノ女優を入れるな」などとぬかす偏見主婦どもと闘い、夫の連れ子が珍走団(当時は暴走族と呼ばれました)に入れば、愛する息子をおもんぱかって我が子のバイクの後ろにまたがり、集会に殴り込む。娘の家庭教師にわざわざ朝鮮半島出身者を選んだのも、「相手を知らなければ民族差別などしてはいけない」との信念からです。
そんな白川さんはすごいですけどね。今の名女優あるを、彼女が強かったからのみで片付けてはいけないのじゃないのか、というのが今日のお話です。1981年2月24日付の朝日新聞「きらきら第一線」から引用します。
白川和子の「団地妻・昼下がりの情事」ではじまった、にっかつロマンポルノが、ことし10周年を迎えるという。
(中略)幸(ゆき)美枝子さん(33)は、そのロマンポルノの主な製作現場、調布撮影所の宣伝部員を11年間やってきた。
「見せたがる女」「後から前から」などと、男でもどぎまぎしそうなポスター群。それを背にして、化粧気のない彼女は不思議な清潔感にあふれている。
(中略)「こういう映画に出る女優さんは、よほどの不良少女みたいに見られるかも知れないですよねえ。それが、ぜーんぜん。ごくごく普通の娘さんなんです。ただ、裸をビジネス、と割り切っているだけ」
その娘さんたちから、よく相談を受ける。中身は、監督さんの好みだとか、恋の悩みだったり、女性のライフワークなど。
「恋愛関係なんか、むこうの方が先輩なんです」
午前中、スポーツ紙、夕刊紙、芸能紙、週刊誌など十数紙誌の映画欄、映画評の切り抜きに没頭する。その間にも、電話がひんぱんに鳴る。監督や女優への取材申し込みがある。相手の都合とこっちのスケジュールを調整する。記者を取材対象に引き合わせる。撮影現場に案内する。封切館に女優を連れていって、あいさつさせる、なんて仕事もある。
「それは、最初は映画の題名を言うだけでずいぶんと抵抗がありましたよ。電話口で、顔が赤らんでくるんです。抵抗感はいまでも強いんですが、仕事ですからあきらめて」
(中略)会社がロマンポルノ路線をスタートしたころ、辞めたいと申し出て、上司に引きとめられた経緯がある。大分の女子高校を卒業。高橋英樹のファンだったから、日活の社員募集に応募した。撮影所の中は、馬がいたり、ちょんまげの男が食堂でカレーを食べていたり、公衆電話をかけようと思ったら、それがセットでとびらが開かなかったり、楽しくて仕方がなかったところへ、いきなり裸を突きつけられたショックは、大きかったという。
この正月、ロマンポルノは昨年の倍近い観客を動員した。
「もっと女の人に見てもらいたいんです。女性が見てもきれいな作品、割り(ママ)に多いんですよ。もっとも、ご推奨品がどの作品か、もっとPRしなくてはね」(引用おしまい)
ポルノの宣伝マンウーマンです。当時の周囲の目や自己意識を思えば、さぞやりにくい仕事だったことでしょう。画面に映らない撮影現場の汗、そして完成後も幸さんのような宣伝の裏方が努めてこそ、白川さんも女王に上り詰めることができました。
昨年、「実録白川和子」を映画館で鑑賞しました。昨今のデジタル化された映像じゃなくて、昔ながらの35ミリフィルムが回る、陰影あるシャシンの中で、白川さんや名優殿山泰司が躍動していました。いかにも制作費が安そう。その安っぽい画に、脚本家が入れた反権力のユーモア、照明屋の工夫、面白い画をつくろうと考えたカメラマンの思考、それらをまとめあげた曽根中生監督の職人技といった、映像制作への高い理想が透けて見えます。この作品も幸さんが売り込んだのかな。エンタテインメントは独りの力では完成しません。
前言を撤回します。「黒蜥蜴」に行くなら、美輪明宏さんだけに目を向けるのはいかにももったいない。せっかくだから装置や照明、端役の演技にも目を配るようにすればいい。もちろん、美輪さんを支える白川和子さんのお芝居も忘れずに。