コピー禁止

2015/03/01

「花燃ゆ」第9話「疫病神、参上」

いきなり見ず知らずの人から、「あのころ、私は……」などと話しかけられたら困惑しますよね。「あのころ」て、いつやねん?
「花燃ゆ」第9回冒頭のナレーションがまさにそうです。
「このころ、吉田寅次郎は松陰先生と呼ばれ……」。だからいつなんだよ。松下村塾開いて塾生がぼつぼつ集まり出しているからには、視聴者が知らない時間の経過があるはず。だから、いつなのよ? 不親切な脚本だな。

今回のタイトルは「高杉晋作、参上」。鞍馬天狗や月光仮面の世代なら「参上」も上等かもしれませんが、この言葉は目上・格上の人間を訪ねる場合に使われる謙譲語。上級武士の家の子が貧乏侍の塾や遊郭をうろうろするだけの回にふさわしくありません。視聴者に対して「参上」とへりくだっているの? 解釈が難しいタイトルだこと。

国語の正確さに定評のあった(過去形)公共放送ドラマながら、「結びの一番じゃあ」等の説明セリフ、初代「内閣総理大臣」を「総理大臣」で済ます歴史ドラマナレとしてのおかしさや現代語満載の駄作だとわかっていても、敬語類のめちゃくちゃさはもはや放送事故の域です。
来客に対し、義兄実兄まとめて「兄上は」とぬかす不調法な主人公、幕藩制下に「えらい方が」「来てしもうた」と敬語使えません状態でしゃべる長兄。裕福な大組の家に田舎菓子 (商品名「おやつですよ」)を持ち込み、上座に座る下級武家ヒロイン。ちなみにこの女、家格がずっと上の藩士を「高杉さん」と友達呼ばわりします。

久坂玄瑞クンが家でLOVE狂いしている間に、弟は享楽の道に目覚め、長兄の給金をちょろまかして色里へ。単身、遊郭に上がり込んでじゃんじゃん奥へ進む江戸時代の少女。ありえへん。色街の忘八にぶち殺されて川に投げ込まれ、ヒロイン死亡によりドラマ打ち切りになっても文句が言えない暴挙です。

その弟が金を持ちだした問題はいつの間にかスルーされ、「僕もオトナだ、金稼いだから菓子買ってきた」という、なんだかよくわからない美談がでっち上げられます。並み居る遊女たちの前で姉に左頬をどつかれた弟は武士の恥を忘れ、なぜか無事だった方の右頬を照れくさそうにさするのでした。
何じゃ、こりゃ? 死して大河拾う者なし。てめえら大河じゃねえ、たたっ斬ってやる!

まあまあ、とにかく幕末の人気者高杉晋作の登場ですよ。楽しみにしていたのですけれど、1話見た感じでは、こいつも久坂玄瑞同様、何の深みもないハダカ要員で終わりそうな感じです。
いつでもどこでも腰に刀を差している日曜午後8時の長州藩士の例に漏れず、高杉晋作は明倫館での講義中も、相撲の土俵でも、自宅で父親といる時も、松下村塾でも腰に一本差していないと気が収まらない性分。親父と話す時には右手で大刀までつかんでやがる。刃物フェチなんですか?

ドラマに登場する高杉晋作といえば、三味線弾きの場面が付き物です。本作でも高杉が悪所で三味線を爪弾きます。素手弾きのはずなのに、バチでキメたプロの音色がビーン!
ここも吹き替えかいな。情けない。このドラマ、細部に至るまでごまかしです。やはりダメドラだった朝のテレビ小説「ごちそうさん」でも宮崎美子さんが、特訓したであろう三味線をプレイするシーンがありました。玄人ではないためリズムがぐらつくところがありましたが、そういうパートを俳優さんがマジメにやる姿に、視聴者は意味を感じるのです。

1977年の大河ドラマ「花神」では、中村雅俊さんが高杉を演じました。その時の苦労がつづられた同年2月16日付の朝日新聞「反射鏡」から引用します。
NHK 「花神」で高杉晋作を演じる中村雅俊が豊文(注・三味線奏者)について三味線の特訓中。なにをくよくよ川端柳 水の流れを見て暮らす など俗曲の名作をのこした高杉は刺客に追われているときも三味線を離さなかったというので、劇中どどいつのひとつもうなってみようというわけ。シンガーソングライターでギターのうまい雅俊も、ドレミ音階とは違う邦楽の節回しには四苦八苦。「三味線のサオの押さえる場所に印をつけて、カンニングしながら、なんとか仕上がりかけている」。(引用おしまい)
「花神」を覚えている年配の人たちは少なくありません。上記の記事にあるように、 心配りの利いた快作でした。神は細部に宿る、ということでしょうか。
今回のキモである松下村塾での松陰、久坂、高杉のやりとりすら、内容はしっちゃかめっちゃか(回想での繰り返し、やめれ)。さらには松陰は武士階級以上のいわば選民による尊皇攘夷を唱えたのに、民草を加えようという姑息な捏造も出ました。細部に宿ろう神も仏もない。いるとすれば 疫病神ですね。

「花燃ゆ」の行き着く先は、かつて稀代の駄作と呼ばれた「天地人」を周回遅れにした「江〜姫たちの戦国〜」でしょうか。それとも、視聴者はもっと恐ろしい地獄で紅蓮の炎に焼かれるのでしょうか。