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2015/01/22

サザンオールスターズで世論が割れるって何?

サザンオールスターズの桑田佳祐さんが、紅白歌合戦で「反安倍ソング」なる歌を歌ったカドで、一部のサイバー変人たちから攻撃を受けた件を、おじさんはニヤニヤしながら静観していました。
ポップカルチャーに目くじら立てるほどカッコ悪いことはありません。いわゆるネトウヨと呼ばれる一団の多くが、「ピースとハイライト」の歌詞を読み誤り、サザンの思う壷です。
「けんかをやめて。いつか本当の愛、わかる日が来るまで」なんて、さして意味のない河合奈保子さん的世界観ナンバーを、プロテストソングだと勘違いして噛み付いた末に恥ずかしさに気づいて、なだれを打ってネトウヨご卒業を迎える状況が、ネットのあちこちで見られるだろうと楽しみにしていたんです。
思いくそ笑ってやろうと待ち構えていたのに、ガッカリだよ! 桑田さんが自分から謝っちまった。せっかく、ファンと反対勢力の双方を上手にだまくらかして耳目を集めてたところへ、大衆芸能がどうだとか「二度と戦争などが起きないように仲良くやっていこうよというメッセージを込めた」とか言い出しました。手品師が舞台の最中にタネ明かししてどうすんの。
少数でしょうが「ロックは反抗の音楽」などと、妙なベクトルでサザンを持ち上げるネット論調もヘンです。反権力はロックの専売特許ではありません。高田渡や小沢昭一が愛した演歌師添田唖蝉坊は、言論の自由が厳しく制限された旧憲法下で権力を嗤い、返す刀で民衆の無気力を斬りました。演歌ですよ。ジャンル分けには意味がありません。反骨精神まで欧米に教えていただくほど、我が国は未開ではありません。いや、やっぱり未開かな?
とまれ、反抗の音楽=ロックだなんて、勝手にハードルを上げられたら、日本にはロックシンガーなど存在しないことになってしまうではないですか。
桑田さんも困って、自分は主張のあるロッカーではなく、「すべてのお客様にご満足いただき、楽しんでいただけるエンタテインメント」を目指す「大衆芸能歌手」だと、わざわざ断ってしまいました。全国民にあまねく好かれたいサザンオールスターズに、毀誉褒貶が付き物の反権力ロックなる場違いな服を着せようとした桑田信者が悪い。
紅白では「ピースとハイライト」の後に、東京五輪音頭みたいな政権が喜びそうな歌やってたでしょ。エンタテイナーとしてのバランス感覚がわかっている人だと感心していたんですがねえ。ファンが足を引っ張っちゃいけません。
昨年もらった紫綬褒章を冗談のネタに使ったとかいう件でも謝罪したんですか? 桑田さん、気にするこたぁありません。天皇陛下は何とも思っていらっしゃいませんよ。皇太子時代、ひめゆりの塔で火炎ビンを投げつけられた時にも、「(沖縄戦で)払われた多くの尊い犠牲は、一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、人々の長い年月をかけてこれを記憶し、ひとりひとり深い内省の中にあって、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」と、逆に天皇の名の下に県民を殺しまくった戦争に対する反省のコメントを出した方です。「あがなう」なんて、天皇家からそうそう出る言葉じゃありません。つくづくすごい方です。だから、雑民どものガタガタ雑音は無視すればよろしい。
そもそも勲章や贈位は、時の権力の思惑で決まるものです。普遍性を持つありがたみなんてありゃしない。時代が変わればクンショーに対する価値観も変化しますよ。
明治維新30年の1898年、政府がちょっとした贈位を発表します。政府が下さる肩書の無意味さがよくわかる事例として紹介します。同年7月9日付の東京朝日新聞「贈位者小伝」から引用します。仮名遣いなどは、おじさんが現代風に改めています。
贈従4位 福原乙之進   つとに王室の回復をもって志となし、文久壬戌(みずのえいぬ)の年(注・1862年)、久坂玄瑞と同じく京都に上り、尊攘(注・尊皇攘夷)の事に鞅掌(注・奔走)し、ついで永井雅楽(ママ)の議するところ、朝旨に背くを憤り、これを刺さんとし、果たさずして禁錮せらる。すでにして赦され、江戸に行き、久坂及び高杉晋作らと御殿山の外国館を焼く(注・英国大使館焼き打ち)。翌、癸亥(みずのとい、注・1863年)、京都にありて国事に奔走し、また江戸・上毛の間に往来し、新田氏を勧誘して義旗を挙げしめんとし、かつ同志を糾合しおおいに計議するところあり。幕府の捕吏にわかに至るをもって、自ら免るべからざるを知り、刀を抜き、のどを断って死す。(引用おしまい)
福原乙之進。山口出身の小物です。自藩の要人・長井雅楽の暗殺に失敗、外国公使館にテロをかまし、新田官軍なる、革命に何の貢献もしていない田舎旗本を倒幕に向かわせるためのパシリを務めた挙げ句に自死した人生が記事でも紹介されています。
この贈位は、明らかに政権にトグロを巻く長州閥のしわざですね。従四位は、鎌倉期には北条一族に与えられ、戦国の世では松永久秀(弾正)ももらった、一応権威あるランク。福原の選出で、その値打ちのデフレがえらいことになっちゃいました。
国がくれる名誉の価値なんてそんなものです。だから、桑田佳祐さんにおかれては、今回のマッチポンプ騒ぎに懲りることなく、どうせなら人間として一度決めた紫綬褒章をもてあそぶパフォーマンスを貫徹していただきたいですね。