コピー禁止

2014/10/28

コマーシャルの社会性(1)

テレビやインターネットでは、毎日のように新しい企業広告を見ます。
おじさんが最近気にかかっているのは、大塚製薬の「オロナミンC」のコマーシャル映像。
大勢の若者とでっかいスケボーに乗る、ジャニーズの人気グループ「嵐」の櫻井翔さんが、大通りを走るというヤツです。問題点は2つ。
①「車両」と認められず「遊具」であるスケボーの、人車往来ひんぱんたる公道での走行は日本国内で禁じられている。CM画面には通常サイズに乗り、道を普通に走る人物もいる。若く、法律に無知な嵐のファン層が、真似をして事故を起こさないか。
②スケボーとスクーターが、信号機のある交差点で危機一髪すれ違うシーン。商品ならびに企業イメージの向上が求められ、チェックが厳しいはずのCMでは珍しい、少なくとも片方による交通違反(信号無視)の可能性。交通事故の経験者、冷やりとした体験のある人たちには、そちらの印象も想起させかねない。
①は「CGである」「公道走行を認めた外国をイメージしている」といった反論は成り立ちません。商品を販売する先が日本ですからね。「公道でのスケートボードは禁止されています」などのテロップを出せば、作品世界を損なってしまう。難しいですね。
②については、ハプニング演出で元気ハツラツ感を出したなどと、果たして言えるか。交通違反だからなあ。「みんなで楽しむとともに、力を合わせてハプニングを乗り越えるという元気ハツラツ!なCMです」(大塚製薬ウェブサイトより転載)
以上がおじさんの感想ですが、早計に電凸なんてのはよろしくありません。第一、粋じゃない。我が国は表現の自由が保障された民主国家。その広告がよほどの公共の利益に反する問題等を抱えていない限り、表現の自由は守られるべきです。
今日は、過去のCMに関わる二つの事例から、コマーシャルフィルムについて考えてみます。
最初はハウス食品のラーメンCMが、ウーマンリブまがいの団体の言いがかり、言論の暴力で打ち切りにされた例です。19751028日付の朝日新聞「“差別CM”やめます」から引用します。
「私 作る人 僕 食べる人」というインスタント・ラーメンのコマーシャルについて、「男女の役割分担を固定化する差別CMだ」と女性グループの抗議を受けていたハウス食品工業(浦上郁夫社長)が27日、問題の「ハウスシャンメン、しょうゆ味」のCMについて、「社会的影響なども無視できない」として放送を中止することを決めた。また、抗議を続けていた「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」に対しても、「今月中に放送を中止する」と回答した。この結果、9月30日に「行動を起こす会」がハウス食品工業東京本部に、「1カ月以内に中止しない場合には不買運動を含めた対抗手段をとる」と通告して以来、にぎやかな論争に発展していた「差別CM」問題は、事実上、ハウス食品側が抗議に“屈服”した形で、一応の終止符が打たれた。ハウス食品側は、中止の理由について、「消費者などからの反応は、あのままでいい、という声が圧倒的に多かったが、少数の声でも謙虚に耳を傾けていくのは当然。騒ぎが大きくなってCMの本来の制作意図とは異なった受け取られ方をしているのも無視出来ない」(東京本部広報室)としており、さしあたり、別の製品や11月中に予定している新製品のCMに切り替えていく、という。この回答に対し、抗議側の「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」は、「差別CMであることをはっきり認めていないことや、新製品の宣伝時期まで中止の結論を引き延ばした点など、問題も残る」としながらも、「ともかく問題のCMが消えるこのは一応の目的を達したことになる。この問題が日ごろ婦人問題に関心がなかった層にも、男女の役割などを考えるきっかけになった意味も大きい」(「行動を起こす会」の武田京子事務局員)と評価している。(引用おしまい)
これは有名なCMでした。「行動を起こす会」なるグループの主張は、「作る人」が女性で「食べる人」が男性だと決めつけるのはジェンダー問題だというもの。ズサン過ぎる理不尽にじゅうりんされたハウス食品の悲劇でした。いいコピーだと思いますよ。
一方、何としても放送を止めてもらわねばならないケースも、まれにあります。次項でご紹介します