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2014/10/09

闘え、読売新聞(1)

朝日新聞出身者が在籍する大学への脅迫がニュースになりました。ひどい時代になった、戦争に突き進んだころの殺伐とした時代の空気もこんな感じだったのか、と暗たんとした気分になります。
言論の自由が保障された国で、このようなテロが公然と行われる。心ある市民、メディアは一致団結して、この潮流を止めるべきだと思います。
3日の読売新聞社説が、「大学への脅迫 言論封じを狙う卑劣な行為だ」との見出しで、このテロを批判しています。
至極当然の主張なんですが、おじさんは残念でした。要らぬことを書いたな、との思いがあります。その部分を以下に引用します。
朝日新聞の一連の慰安婦報道は、国による強制連行があった、という誤解を世界に広めた。日本の国益を著しく害し、韓国側の反日感情をあおった責任は重大である。 「吉田証言」については、1992年頃から、内容に疑義が呈されていた。それにもかかわらず、朝日は見直さず、今年8月にようやく記事を取り消した。報道機関に対する信頼を大きく損ねたことは間違いない。(引用おしまい)
両論併記が新聞の常套なのかもしれませんが、今回の件は、ブログを書いているような一般市民の言論の自由にもかかわりかねない問題です。社論の合わない朝日たたきは別欄でやるとして、社説では脅迫野郎に一分の理も与えぬよう、徹底的にやっつけてほしかった。
読売新聞にも、記者が射殺された朝日に負けず劣らず、言論封殺やテロと闘ってきた歴史があります。1935年には、正力松太郎社長が右翼の襲撃を受け、重傷を負いました。1972年には、暴力団が社会部に乱入、社会部長ら社員が負傷しています。言論への暴力には敏感な会社のはずなのです。
今日は同じ1972年、韓国で起きた読売新聞への言論弾圧、いわゆる「週刊読売事件」を取り上げます。
同年9月8日発売の「別冊週刊読売」が、韓国政府を怒らせました。北朝鮮を賛美し、韓国をおとしめる内容だとして、政府は過激な報復に出ます。1972年9月9日付の朝日新聞「韓国政府 読売新聞支局を閉鎖」から引用します。
【ソウル8日、猪狩特派員】韓国政府は8日午後5時すぎ、読売新聞の甲藤信郎ソウル特派員に対し、同日付で読売新聞を韓国から“追放”する旨通告した。これにともない、読売新聞のソウル支局は8日付で閉鎖され、甲藤特派員はすみやかに国外に退去するよう命ぜられた。韓国政府は今回の措置に踏み切った理由として、7日発売された「別冊週刊読売」(チュチェの国=朝鮮)の内容が、韓国を国家として認めず、韓国政府と韓国民をぼうとくしたため、と発表した。韓国政府がこうした海外言論機関の支局閉鎖、支局員追放という措置をとったのは、建国以来初めてである。問題の「別冊」は154ページからなる北朝鮮特集で「朝鮮の一流画家による画集・金日成首相伝」をはじめ、「私の見た北朝鮮」といった印象記、「近くて遠い国」といった対談などで構成されており、こんどの措置を発表した韓国文化公報省の李揆現・海外公報館長は、「韓国政府としては徹頭徹尾北朝鮮の宣伝だと判断した」と述べた。
李館長は発表にあたって、政府の見解として「民主国家の言論である限り、他を称賛するのは自由である。しかしその自由のために他をひぼうしてはいけないと思う。そこで政府としては読売新聞の韓国内における取材活動を禁止する措置をただちにとることにした」と述べた。
李館長はまた、支局の閉鎖は解除の期限を考えていないとし、また特派員の国外退去は物理的に可能な早さで行われねばならないと述べた。法務当局によれば11日までの出国命令だという。(引用おしまい)
時の韓国は、朴正煕大統領による独裁政権。李館長言うところの「民主国家」は欺まんです。まだ軍国主義の記憶を引きずる日本は、軍国韓国を嫌い、赤いベールに包まれた「地上の楽園」北朝鮮を賛美したのでした。
これについては、読売ばかりを責めるわけにはいきません。大手メディアの論調は、ほぼ横並びだったわけです。1970年代初めの毎日新聞の縮刷版を見ても、北朝鮮に好意的な記事が見受けられます。
この点、ネットでは朝日新聞ばかりが叩かれがちですが、当時は楽園・北朝鮮=善、独裁・韓国=悪の構図が、大方の国民の共通認識だったのではないでしょうか。そうでなければ、政府ぐるみの北朝鮮帰還事業など成立するはずがない。事業の本質は、政府がそう信じていたのか、在日朝鮮人の厄介払いだったのかは別問題。後者だと罪深い。帰還事業について、当時の政府見解はどんなものだったのでしょう?
さて、週刊読売の発売翌日、ソウルの日本大使館及びプサンの領事館への韓国人傷痍軍人襲撃事件が発生しました。「週刊読売」文中に「ベトナム戦争での韓国兵は米帝の弾よけ」なる言葉があったからだそうです。金日成を持ち上げるあまり、日韓関係を悪化させて「国益を損ねて」しまった。
さらに韓国側は、読売の北朝鮮賞賛を奇貨として、日本メディア全体の規制に乗り出します。
1972年9月10日付の朝日新聞「日本各紙の偏向是正はかりたい 韓国文化公報相語る」から引用します。
【新亜=東京】9日のソウル放送によると、尹冑栄韓国文化公報相は同日午後、国会で「韓国の国歌主権を冒とくしたり、国の名誉をひぼうしたり、損傷させる外国の報道に対しては、強力な制裁措置をとる」など、次のように言明した。
一、今後読売新聞が韓国の主権を尊重し、公正な報道と論調をすることを具体的に提示するとともに、北朝鮮に対する偏向的な称賛一辺倒の報道を中止する、との明白な態度が立証された場合、ソウル支局の再開を考慮する。
一、今回の読売新聞に対する措置は読売新聞の偏向的な姿勢と、さらに幾つかの日本の新聞が北朝鮮に偏りすぎる姿勢を是正しようとすることが目的である。(引用おしまい)
日本のマスコミ全体が規制の対象です。「国益」を損なっていますね。朴政権の対応は、国民感情を煽って内憂を外患で紛らわそうとする、よくあるパターンですね。最近のどこかの首相に似ていますね。
言論の自由に手を突っ込むことで何事も制限しようとする政権はサイテーです。読売新聞社はまさにその被害者。言論弾圧には、自社他社を問わず敏感なはずですが、今回はいったいどうしてしまったのでしょうか?
北朝鮮をほめたたえたばかりに、取材の根拠地を失い、東アジア報道が大ピンチに陥った読売新聞は、いかに窮地を乗り切ったのか? この項、続きます。