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2014/10/13

動物園へ行こう

上野動物園で東南アジア産のコキサカオウム(citron-crested cockatoo)の展示が始まったそうです。
このオウムさんは、ワシントン条約で、もっとも絶滅のおそれが高い付嘱書1(ジャイアントパンダなどと同じ)に記載されていますので、普通なかなか新顔が見られないようです。
動物園のウェブサイトには「警察署から来園」とあります。密輸業者が捕まって、証拠品として保護されていたものが、裁判が終わって公開されたということかな? 珍しい鳥ですから、首都圏のみんなはぜひ見に行きましょう。
今日は、上野動物園の最長老として飼育係にも抗うままに往生した、「最後の戦中派」のコンドルのお話をします。1961年1月17日付の読売新聞「孤高のコンドル死す」から引用します。年号は昭和です。
東京・上野動物園で最古参の、オスのコンドルが死んだ。昭和8年ドイツのハーゲンベック・サーカスが東京で公開されたとき同園が買い受けた。そのときいっしょに買ったライオン、キリンなどはすでになく、戦前派最後の動物だった。
コンドルは一名ハゲタカ、南アメリカ、アンデス山脈の原産、飛ぶ鳥としては世界最大の猛きん。このコンドルはその名に恥じず、飼育係になつかなかった。新しい飼育係はかならず襲われたし、古賀(忠道)園長も被害にあった。それが目に見えて衰えてきたのは34年の夏ごろからだった。羽根のツヤもうせ、飼育係にもかみつかなくなった。一日にニワトリの頭を30個も平らげていたのに最近では食欲がなくなり、柔らかい馬肉に切りかえられていた。
来園いらい28年、買ったときすでに成鳥だったので相当な老齢だったろう。いっしょに入園したメスは終戦の年に死に、3年前に若い後妻を迎えたが、この孫のような花嫁には見向きもしなかった。そして寒かったさる6日朝冷たい岩の上に、かつての勇姿は孤高のなごりをしのばせながらムクロとなってくずれ落ちていた。
34年3月の同園77周年記念式典で、また老人の日には都から、人間なみに表彰されたことがある。コンドルの寿命は知られていない。死因は解剖の結果、人間なみに胃カイヨウとわかった。来月早々ハク製となって園長室に飾られる。その来園からを知っているのは、もう古賀さんただ一人だから、眠るにふさわしい場所はここ以外にない。(引用おしまい)
コンドル翁は長寿の表彰こそされたけど、愛称すらなく、おそらく動物園の脇役、ひょっとしたらエキストラのまま戦前、戦中、戦後を生き抜いたのでしょう。同期の桜のライオンたちは、空襲時逃亡防止の命令で殺処分されたのかな?
動物園には世界中の動物がいます。パンダのような少数の人気者もいれば、飼育係の努力にもかかわらず、まったく話題に上らないまま消えてゆく連中も数多くいます。
動物園は大事な教育機関であり、娯楽施設です。おじさんだって好き。でも、コキサカオウム、長老コンドル、ライオン……。動物園にやってくる動物たちは、人間の都合ですみかを移されたり、「カゴの鳥」の一生を送ったり、時には殺されたりするんです。
そんな動物たちと、彼らの理不尽をこどもたちの幸せにつなげよう、動物たちに報いて、みんなの教育に役立つようにがんばっている職員さんらのことをちょっと考えながら門をくぐるのは、思いやりのある人になるためのいい体験になるのではないでしょうか。