国際自転車ロードレース、ツール・ド・フランスが今年も終わりました。今日は1975年7月22日の朝日新聞「自転車愛国主義 仏一周競技 地元優勝に熱狂」から、地元フランス人のナショナリズムを紹介します。以下に引用します。
20日、パリのシャンゼリゼ通りで「フランス一周」自転車競争の最終レースがおこなわれた。コースにあたる凱旋門からシャンゼリゼ、テュイルリー公園を結ぶ目抜き通りは、この日早朝から完全に交通をシャットアウト。周辺は熱狂的な35万人の大群衆でうずまり、ジスカールデスタン(Valéry Marie René Georges Giscard d'Estaing)大統領も特別席のヒナ壇からフランス人テブネ(Bernard Thévenet)、ベルギー人メルクス(Eddy Merckx)が栄冠を競うこのレースを熱心に見守った。動員された警官7千人、沿道に並べられた鉄サク延べ12キロ。(中略)実はメルクス選手は、レース途中で見物のフランス人からいきなり腹を殴られる「愛国テロ」を受けています。以後体調を崩し落車、骨折までしながらの2位。熱狂するパリジャンには悪いけど、おじさんが仏国民なら赤面もの。本当のヒーローはメルクス選手です。
レースの結果は、8年ぶりにフランスの優勝。大統領手ずから優勝者を象徴する「黄色のアンダーシャツ」をテブネ選手に着せると群衆の興奮は最高潮、「フランス万歳」の連呼が果てしなく繰り返された。
(中略)無敵といわれた難敵のベルギー人メルクスを破ったテブネの勝利に、フランス人は久しぶりに愛国心の陶酔を覚え、労働者から知識人まで幅広い層がわれを忘れる興奮ぶりを示した。(中略)「フランス一周」で示された国民の熱狂ぶりは排外主義(ショービニズム・chauvinism)と誤解されかねぬすさまじいものだった。テブネの優勝はまた、フランスに潜在する根強い経済的ショービニズムをむき出しにした。テブネが乗った自転車はプジョー製。同社のおえら方はさっそく「細かい部品の一つ一つまでがフランス製、テブネの勝利で国産の優秀性が証明された。これで日本製の自転車輸出の大攻勢を撃退できる自信がついた」と胸を張った(パリ=根本特派員、引用おしまい)
さて、日本人として興味深いのは、当時は日本製の自転車がヨーロッパを席巻していたこと。プジョー幹部の言から、大陸の自転車メーカーが我が国からの銀輪輸出攻勢にタジタジだったことがわかります。
日本のカメラや自動車、時計産業等の攻勢が海外産業を圧迫、時には名門企業を廃業に追い込んだ歴史を思えば、自転車だって完全日本製が大手を振ってツール・ド・フランスで勝ちまくっていてもおかしくない。でもそうはなりませんでした。
現在、生産数ナンバーワンメーカーは台湾だったり、製造元一位は中国だったりします。グローバル化ってやつです。かつてプジョーのおえらいさんが自慢した「細かい部品の一つ一つがフランス製」なんて商売をすれば、企業の存続が危うくなる時代の到来です。排外主義より儲けです。営利の追求です。
EU統合が進んで、過激な排外主義が選手に牙をむく場面がなくなったのはいいことです。お互い大人でなければやっていけないのがグローバリズム。どこかの地域の国民たちもそろそろ理解しようよ。愛国無罪にヘイトスピーチ。小さい海挟んでみんなで何やってんだか。
一方で、日本製化学繊維のフレームに、ほんの数社しか選択肢のないメーカーの部品を横並びで組み込んでヨーイドンする現在の競技と、車両にまで国民が愛国心を持った時代のレースを比べると、昔の経済排外主義に魅力を感じてしまうのです。各国の個性が顕著な多士済々の自転車が並んだ1970年代のツールは、さぞ面白かっただろうなあ。