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2015/03/14

戦艦「武蔵」、ほっとこう

フィリピンの海底で見つかった船は、どうやら旧海軍の「武蔵」のようです。呉市海事歴史博物館の戸高一成館長が本物のお墨付きを出したから間違いないでしょう。
発見者の富豪が引き揚げて日本政府に寄贈したいと言っているんですか?  本当なら、お金持ちのリップサービスにしては人が悪い。日本人は白人様の言辞をすぐに信用しちまうんですよ。できっこありません。
外国の海底1000メートルに、全長260メートルを越えるバカでかい鉄の塊が沈んでいます。そいつを持ち上げるだけでも難儀なのに、「武蔵」は戦艦だから大量の弾薬を積んでいたわけです。それらが大爆発を起こす危険に作業員たちをさらすことはできません。
また、船内の重油なんかが漏れ出した日には、漁業補償どころではない国際環境問題になります。
利にさといアメリカンビジネスマンが、何の得にもならない危ない橋を渡るはずがありません。全く人が悪いんだから。
きまじめな日本人は、過去に山口県の海に沈んだ戦艦「陸奥」を引き揚げようとしました。大戦末期に原因不明の大爆発とともに海のもくずと消えた全長200メートルを越える巨艦です。
引き揚げ担当は老舗の深田サルベージ。「武蔵」に比べれば、日本国内での作業、かつ比較的浅い海域にある沈船だから、まだ現実味はあります。乗組員の遺骨収集も兼ねていましたので、大変な作業に変わりありませんけどね。
1970年に作業開始。その結果は?  1974年6月19日付の朝日新聞「深田サルベージ経営再建へ」から引用します。年号は昭和です。
戦艦「陸奥」を引き揚げていた深田サルベージ(本社大阪市、資本金8350万円)は景気引き締めのあおりで経営不振に陥っていたが、三井物産、トーメン、石川島播磨重工、三井造船の4社と海運業者の辰巳商会の応援で再建をはかることになった、と18日発表した。
同社は明治45年設立という古い歴史をもち、年間の売り上げは100億円にのぼるわが国ではトップクラスのサルベージ業者。45年ごろから山口県岩国市沖で爆沈した「陸奥」の引き揚げに取りかかり、47年2月には20年ぶりに艦首前半部を引き揚げるとともに、これまでに遺骨3000片を収集した。しかし政府の総需要抑制策で受注が計画よりも3、4十億円程度減少し経営が悪化した。ことに、世界最大の起重機船を建造するなど大きな期待をかけていた本州四国連絡橋の工事が延期され、資金的に苦しくなったという。こうしたことから去年秋、5億円の赤字を出していた「陸奥」の引き揚げ作業を中止している。
(中略)「陸奥」については船体の引き揚げ作業はどうするかはまだ決めていないが、遺骨の収集だけは厚生省の応援を得て続けて行きたいといっている。(引用おしまい)
前年の第一次オイルショックによって、ジャパンの高度経済成長にトドメが刺され、国は経済政策を大転換。本四連絡橋計画で建設省に、ひょっとすると建設省と運輸省双方にハシゴを外されたかもしれぬ深田サルベージの悲哀は想像するに余りあります。国頼みの事業計画ってこわいですね。
深田サルベージの名誉のために付け加えておきますが、サルベージ業者の仕事は本来、船の引き揚げで、遺骨の収集は門外漢です。厚生省のある意味ムチャな「応援(要請?)」に応えて、乗組員の慰霊に努めた深田サルベージの男気が、記事から伝わってきます。最終的に「陸奥」の完全回収は断念されますが、自社なりの戦後処理に挑んだ企業の姿勢は賞賛されてもいいでしょう。
大岡昇平の「レイテ戦記」を読むと、戦争とは人命の消耗もさることながら、膨大な資源の無駄遣いでもあるのだと痛感します。戦後のマニラ湾には日本由来の沈船が折り重なり、しばらく港として使い物にならなかったそうです。
そしてこの度、外洋に武蔵発見。引き揚げを画策して爆発事故を起こしたり、重油流出をやらかしたりして、世紀を超えた迷惑をかけるより、そっとしといてあげませんか?  「武蔵」の英霊も、そちらの方を喜ぶと思えるのですがね。