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2014/06/29

関東大震災と情報の選択

関東大震災を東京で経験した漫画記者の太田政之助が、震災後わずかな期間をおいて出版したペン画集「避難から帰還迄(まで)」は、その画力も素晴らしいのですが、震災の現場体験コラムが貴重な一冊です。独立行政法人「防災科学技術研究所」のウェブサイトにPDF形式で公開されているから、みんなもぜひ読んでみてね。
歴史、防災の両面からとても興味深い史料ですが、作中太田が驚いたのが朝鮮人暴動のデマが広がるその早さ。震災直後から、在日朝鮮人たちの中に爆弾を爆発させたり井戸に毒を入れたりするテロ集団が現れたとのうわさが流れました。これがあっという間に全国規模で広がって、「自警団」と称する民間人が、被災地の朝鮮人や朝鮮人だと間違えられた人たちを虐殺したという事件がありました。
太田の本にも、上野東照宮前交番広場で警察官が自警団からおびただしい数の鉄棒、竹やり、日本刀などを没収している絵が掲載されていて、当時の殺伐とした空気が伝わってきます。
震災発生2日後の1923年9月3日大阪朝日新聞号外に「目黒と工廠の火薬爆発」という記事が載ります。東京朝日新聞の早川社員が、甲府からの特電として書いた記事を引用します。

朝鮮人の暴徒が起こって横浜、神奈川を経て八王子に向かって盛んに火を放ちつつあるのを見た。(引用おしまい)

暴徒化した朝鮮人グループが放火を繰り返しているのを朝日の社員が「見た」と言っています。横浜から八王子への広域テロだとすれば、相当な人数のはず。事実なら記録に残っていものですが、信用できる史料はあるのでしょうか。
続いて1923年9月4日同夕刊「各地でも警戒されたし 警保局から各所へ無電」から引用します。


神戸に於ける(おける)某無線電信で3日傍受したところによると、内務相警保局では朝鮮総督府、呉、佐世保両鎮守府並(ならび)に舞鶴要港部司令官宛にて目下東京市内に於ける大混乱状態に付け込み、不逞(ふてい)鮮人の一部は随所に蜂起せんとの模様あり。中には爆弾を持って市内を密行し、又石油缶を持ち運び混雑に紛れて大建築物に放火せんとするの模様あり。東京市内に於て(ママ)は極力警戒中であるが各地に於ても厳戒せられたしとあった。(引用おしまい)

当時無電を使える人や組織は限られているので、いたずらだとは考えにくい。本当に内務省が打電したのか、センセーショナリズムに染まった朝日新聞がねつ造したか。前者であれば未確認情報を民間の傍受可能な形で通知したのは軽挙のそしりは免れません。後者なら間接的に大勢の人命を奪った罪は言語道断。甲府の一件があるので、疑いが残ります。
報道を控える選択肢もありました。各地から救援物資や人の流入があったことを思えば、確認作業を怠り結果を考えなかった朝日新聞の報道姿勢が、デマの拡大に加担したのは間違いないところでしょう。
マスコミが暴走したら個人の人権など簡単にじゅうりんされるのは、ちょうど20年前に起きた松本サリン事件で、無実の第一通報者が犯人扱いを受けた一件でも明らかです。
現在の日本は言論の自由が保障されています。ネットも含めいろんな情報や意見があふれてます。何でも鵜呑みにしないで、どれが正しいのか取捨選択できる大人になろうね。おじさんら大人にも言えることです。

2014/06/28

東映悪役ライムライト(2)

前項からの続きです。
話は悪役連の私生活に及びます。続きを引用します。

遠藤(太津朗)さんはゴルフ、マージャンなど、遊びには一切手を出さない。汐路さんの趣味も日曜大工と家庭菜園だ。一時、剣会にいた小田部通麿さん(59)は、金閣寺近くの寺の住職。ネコ21匹、イヌ3匹と住む。「迷い込んだのに食べ物をやってたらふえましてね」(引用おしまい)

小田部通麿も名脇役でした。おじさんが思い出すのは、こども向けの特撮テレビドラマ「仮面の忍者赤影」での大げさな悪役演技です。時代劇なのに「ファイアー!」なんて叫ぶ姿に、どんな役であってもつめ跡を残してやろうという端役役者の根性を、今では感じることができます。続きを引用します。

福本さんは子どもの学校に出す書類の職業欄は「俳優」とせず、「会社員」にする。「名前も売れてないし、悪役だし……」。長女は幼稚園のとき、テレビをみて「お父さん死んじゃった」と泣いた。汐路さんの長男も、小学生のとき「お前のオヤジはワルだ」といじめられた。取材した悪役たちの子で、父のあとを継いだ人はいない。
57歳、「階段落ちの汐路」はまだ、孫の清宣ちゃん(3)を抱いたことがない。「目じりを下げ、甘い顔をして悪役が務まるかい」。近づくとギョロリと大目玉をむく。
「無理しちゃって。いつになったら抱いてやれるんでしょう」。妻の志げ子さん(52)は、毎朝夫の背中をポリポリとかく。あの階段落ちで受けた背中の傷が、直径15センチほどの大きなアザで残り、いまも朝になるとうずくのだ。(引用おしまい)

汐路章、遠藤太津朗、小田部通麿。皆すでに亡く、東映時代劇悪役の矜恃を守る福本清三さんには、いつまでも元気で、彼らの意地とプロ根性を引き続き見せ続けていただきたいものです。
しつこいようですが、自らの芸能を見せてお金を稼ぐのが芸能人です。日陰であったかもしれませんが、彼らの芸能は死に絶えてしまったのでしょうか?

東映悪役ライムライト(1)

役名もセリフもない時代劇の斬られ役に生涯を捧げてきた俳優福本清三さんが、なんと主役を務める劇映画「太秦ライムライト」が劇場公開されました。おじさんが住んでる地域でもやってくれないかな。
今日は、1980年代半ば、時代劇が斜陽に向かう中、斬られ斬られて死にゆく日々を過ごした東映の悪役役者たちの人生を紹介します。40代前半だった福本さんも顔を出します。1985年5月24日の朝日新聞「切られ役の人生行進曲」(遠山彰編集委員)から引用します。

1日に何十回と殴られ、切られ、殺される。もうヘトヘトだ。大部屋俳優たちは、最後に落とされた穴の中で、死んだように動かない。そんなとき、再び穴をよじ登り、目をカッと見開いて「助けてくれぇー!」と叫んだのが汐路章さんである。
「台本にはないけど、認められるためには目立たなきゃならん。なんとか、この境遇からはいあがってやろうと……」。昭和30年代、東映京都撮影所では「階段落ちの汐路」で通った。あの「蒲田行進曲」の“やっさん”のモデルといわれる。
「13段の1段1段が高く、一番下は硬いセメント。こわかった。死ぬんじゃないかと。だが、長男が生まれたばかりで食うや食わず、カネが欲しかった。思わず『カアちゃん、さよなら』と手をあわせました」
特別手当は1万円でた。月に100時間の超過勤務をこなし、寝る間も惜しんだ稼ぎより多かった。「毛布と柱時計を買って帰りました。当時、貴重品の毛布はもちろん、時計1つ無かったのです」。柱時計は30年近くたったいまも動いている。(引用おしまい)

汐路章。ものすごい悪相とダミ声が印象的でした。ヤクザの親分なんかやらせると最高。確かに主役に斬られても柱や障子に寄りかかってみせて、一撃では殺されない往生際の悪さが記憶に残ってるなあ。凶相から飛び出すユーモラスなセリフ回しが素敵な人でした。続きを引用します。

「切ってもらえる人はまだいい。私なんか死体専門。先輩が切られると、代わりに倒れてる。先輩は服を替えてまた切られる。私はあっちに倒れ、こっちに倒れ……。まともに切ってもらえるようになるのに10年かかった」というのは剣会の福本清三会長(43)。切られ役とタテ師でつくっている会で、ひところは100人が道場で腕をみがいた。斜陽のいま、俳優は16人しか残っていない。
「体は傷だらけ。でも、どんなに痛くても平気な顔をしてる。入院騒ぎを起こせば“あいつはけがに弱い”と使ってもらえなくなります。私ら、スターさんとは違うんです」。他人のことは必ず「さん」付けで呼ぶ。固定給月7万5000円、日当1本6000円。1年契約だ。古株でも年間400万円がやっと。子供2人、ローンを払うため、同居の母も妻も働きに出る。(引用おしまい)

福本さん登場。当時は斬られ役の中堅どころですね。このころはまだ古株じゃないから、大けがするような危険な仕事して年収400万円に届きません。決してもうからないのに、上手に斬られるための研究会まで主宰するプロ根性に頭が下がります。許すお母さんと奥さんもえらいね。続きを引用します。

悪役の大物に遠藤太津朗さん(57)がいる。「必ず最後には切られるが、それまでは行動力があり、自信に満ちあふれている。内気な私と正反対の役なので楽しかった。しかし、もう終わりですな。いまの世の中、本当のワルがごろごろしている。私どもが演じるワルなんて……」(引用おしまい)

遠藤太津朗は、おじさんの世代ならテレビドラマ「銭形平次」の岡っ引き万七の印象が強い。他にも悪代官(主に川合伸旺)にワイロを贈って悪事を働く商人「越後屋」役なんかが強烈でした。
芸能人とは本来、自分の芸能を売る人です。この記事に出てくる福本さんをはじめとして、代えの利かない人ばかりでした。みんなはテレビに出ている人が芸能人だと思わないでね。
この項、続きます。

2014/06/21

酔っぱらい大国、おそロシア〜共産国家編

前項からの続きです。
ステッセルが訴えられた5年後に革命が起きて、ロシア帝国は崩壊し、やがて世界初の社会主義国家ソビエト連邦が誕生します。一党独裁の相互監視社会になって、市民に厳格な規律を要求します。ロシア人の飲酒習慣も改まったかな?
1927年4月9日の東京朝日新聞「酔っぱらひ激増 始末がつかぬ露国の近状」から引用します。原文は句読点が少なく読みづらいため、おじさんが加えています。太字挿入はおじさんによります。

【ニューヨーク特派員7日発】レニングラード来電によれば、同市では泥酔自殺および殺人事件頻発し、従来の記録を破ってゐる。
最近1週間内に泥酔の廉(かど)をもつて拘引されたもの5024人に上った。男や女や甚だしき(はなはだしき)は子供まで雑つた(まざった)長い行列が、飲酒癖矯正のため新設された官立病院で日々治療を待つて居るといふ有様で、殺人は毎日3件あり、犯人は大抵少年である。(引用おしまい)

ちっとも改まっていません。逆に民間レベルで、よりひどくなっているようです。こんな国でもナチスドイツとの戦争に勝ち、世界の大勢力の一翼としてアメリカ合衆国とのにらみ合い(冷戦)を続けました。国民には長期間にわたるガマンが強いられます。軍事費はふくれ上がり、窮乏する生活。酒でも飲まなきゃやってられないと思う人たちが増えても不思議ではありません。
1984年12月24日の朝日新聞「核より脅威?ウオツカ アル中の女性増え」から引用します。太字挿入はおじさんによります。

【モスクワ23日=AFP時事】ソ連では親がアルコール中毒のため、6人に1人は生まれつき病弱か欠陥を受けついでおり、同国にとっては、外国の核兵器よりも脅威となっている--フランス通信(AFP)はこのほど、アルコール中毒についてこのように警告した非公開のソ連科学アカデミー報告の抜粋を入手した。
報告はノボシビルスクにある同アカデミー・シベリア支部が党幹部のために作成。アルコール中毒をロシア人1千年の歴史の中で「最大の悲劇」とし、これが12年から15年のうちに国家の崩壊をもたらす恐れがあると警告している。
報告によると、1980年の記録ではソ連全体で「アル中および飲酒常習者」が人口の6分の1にあたる4000万人もおり、このうち1700万人は医学的に病気の部類に入るという。また、ウオツカが原因の死者は毎年100万人に達しており、ウオツカの売り上げがもたらす年間国家収入560億ドルよりも、アルコール中毒がもたらす年間の国家的損失2550億ドルの方が上回っているという。
さらに報告は、女性のアルコール中毒患者が高率に上っていることを示唆するとともに、ある小児科病院長の発言を引用して、82年に出生した子の16.5%、つまり6人に1人が生まれつき病気を持っていたことを明らかにしている。(引用おしまい)

アカデミーの報告は間違っていました。ソ連が崩壊するのに、それからたった7年しかかかりませんでした。ついには真性のアル中患者(Boris Yeltsin)が、核ミサイルの発射命令権を持つ大統領の座に就く始末。ニュースによれば、現職も国民のアルコール問題には悩まされているみたいですね。
何事にも、やり過ぎはよくないということだね。このところサッカーばかり見ているおじさんが言えた義理ではありませんが。

2014/06/20

酔っぱらい大国、おそロシア〜日露戦争編

お昼に図書館に行ったら、新聞データベースが混んでて使えません。残念だったけど、歴史好きが増えるのは良いことです。
ところで、みんなのご両親はお酒好きかな?こんな暑い日は、おじさんもビールを一杯飲みたくなります。でも飲み過ぎには注意。頭や体がおかしくなってしまいます。
今日は、国民全体のアルコール好きで知られるロシアが、百年ちょっと前に日本と戦った日露戦争のエピソードを引きます。1912年5月22日の朝日新聞から「ステッセル訴へらる」から引用します。

旅順役の際、ステッセル将軍は兵士の暴行起こらんを恐れ、2万4千留(ルーブル)価値のアルコール飲料を押収し投棄せしめたる事ありしが、常時押収を受けたる商人ミノロウ外(ほか)1名は、此頃(このごろ)其(その)損害要償訴訟を提起したるに、第一裁判所は原告の要求を是認したるも陸軍省は抗議を為せりと。(引用おしまい)

ステッセル将軍(Anatolii Stoessel)は、酒を売りに来るバイヤーから酒が兵士たちの手に渡る前に、大量のウオッカを押収したり捨てたりするために神経をすり減らしていたのです。およそ最前線で戦う陸軍トップのやる仕事ではありません。索敵や偵察に使うべき兵力を、味方の飲酒対策に割かねばならない将軍の心中や如何に?前門の日本軍、後門のアル中です。
訴える奴も訴える奴だと思いますが、舞台が亡国の戦場であったにもかかわらず、裁判所が酒屋の言い分を認定してしまうのが、さすがのおそロシアっぷり。
日本側の乃木希典大将は、ロシアの酒売りたちへの帝国の勲章授与を上奏すべきでした。
司馬遼太郎の「坂の上の雲」でも凡将として扱われているステッセル。彼こそは、ロシア皇軍の強大な飲酒癖を敵に回しつつ、第日本帝国と渡り合った稀有な軍将として記憶されるべき逸材なのかもしれません。
この項、続きます

2014/06/12

ウナギと人間との付き合い方

ニホンウナギが、とうとう国際自然保護連合(IUCN)から絶滅危惧種に指定されました。みんなが大人になっても、おいしいウナギが食べられるように、しばらくは日本人もガマンしなきゃいけないのかな。国や自治体は、ウナギの商いで暮らしを立てている人たちの生活保障を考える時期に来たかもね。
有史以来、生き物が絶滅に追い込まれる時は、人類がかかわっていることが多いです。今日は、東京の水質悪化が進んで魚が食べられなくなってきた明治37年の東京をのぞいてみます。この年の9月7日東京朝日新聞「魚族の減少」から全文を引用します。本文は句読点が少なくって読みづらいので、おじさんが書き加えています。

東京市を取囲める(ママ)各川筋に近年魚族の減じたるは事実なり。こは沿岸各地に諸種の工場建設となり、常に悪水を排泄すると船舶の出入頻繁となりたる結果ならんが、其(その)減少せしものの中(うち)にても最も著しきものは海老にて、タナゴの如きも本年は殆ど(ほとんど)皆無の有様なり。又(また)鰡(ボラ)の子、俗にキラツコは僅か(わずか)に小川にて孵化するのみにて、川筋にては全く孵化するを得ざるが如く、隅田川上流の鰻(ウナギ)も場所により臭気ありて、食用に堪へざるものあり。鮒(フナ)も亦(また)石炭の臭気を含みて味無く、只(ただ)マルタのみは例(いずれ)に変わらず孵化し潑剌として網船に上れども、こは酢味噌より外(ほか)に珍羞(ちんしゅう、注・おいしく食べること)が得られぬものなれば、獲るものも左までは喜ばざる傾きあり。斯く(かく)魚族の減少するも、云ひ換えれば市の繁昌の結果なれば、めで度き(めでたき)兆(しるし)の一つなるべし。(引用おしまい)

東京に工場が増えて船の出入りも多くなったから、水質汚染が進んだせいで魚が減って、うまく捕れても臭くて食べられないと書いてあります。
当時の日本は「殖産興業」といって、産業をどんどん進めてお金をもうけて、欧米に追いつこうとしていました。そのためには、漁師さんや庶民が困ってもしょうがない、むしろめでたいという視点で記者は書いています。ウナギの迷惑は、明治時代から始まっていたんだね。
ウナギの種の保全なんてきれいごとじゃなくて、ウナギを食べ続けられるために、私たちは何ができるのでしょう?芝海老という種類のエビは、今の港区芝あたりの名産だったから付いた名前だという説があります。東京湾の芝海老って、おじさんは食べたことがないなあ。記事に出てくるタナゴも、まだ東京湾で捕れるのかな?興味がある人は調べてみてね。
昔のことがわかると、今回のIUCN指定は、生き物と人間の付き合い方を考えるヒントだと気が付きます。

2014/06/10

NHKは二度死ぬ?

昨日、NHKのニュースがおかしくなっている、とおじさんは言いました。英国放送協会(BBC)のニュースサイトが、その原因を「NHKが直面する最大の危機」のタイトルでわかりやすく伝えています。
テレビの持つ影響力はとても大きいです。外国でクーデターが起きると、放送局の奪い合いになるのはそのため。政府が国民に不都合な政治をするために利用しようとするのは、ものすごくキケンなんだ。
今日は第二次世界大戦のさなか、日本放送協会(NHK)の会長に就任した下村宏の着任談話を紹介します。下村は朝日新聞副社長、放送協会会長を歴任、大戦末期には情報局という言論統制機関のトップになった、宣伝報道のプロでした。1943年5月16日付の朝日新聞夕刊から引用します。句点が少なくて読みづらいけど、ガマンしてね。

(前略)戦時下に放送協会の事業はいよいよ重大性を加へてゐるので応召といふかとにかくさふいふ気持(ママ)でお受けすることにした。国家あげての総力戦に放送戦の重大さはいまさらいふまでもないが特に国内に現はれぬ(ママ)ために世間も余り知らぬ国外放送についての問題がある。これには人や物の問題も付随して来るが、人や物の不足してゐる今日はこれの完遂には最も考慮を要するのではなからうかと考へてゐる。いまも警戒警報発令中であるといふ工合にその方面の色々な問題もあるだらうし協会自体既に戦時体制は出来上がってゐることと思ふが更に一層緊張してやらねばならぬと決意してゐる。(引用おしまい)

放送局は国策の普及周知のための組織である旨を、会長が堂々と宣言して、世間も納得している。当時は御用マスコミしかありませんでした。新聞や放送局が言うことと違う考え方の人は、日本国民じゃないってさげすまれたんだ。BBCが言う「NHK最大の危機」は昔もあったのにね。
今の会長さんも「国際放送は国内放送とは違う。領土問題について、明確に日本の立場を主張するのは当然。政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない。国際放送についてはそういうニュアンス」と、下村宏とそっくりなことをおっしゃっています。くわばらくわばら。
公平を期するため、NHKの過去の素晴らしいお仕事もご紹介しておきます。1987年2月16日の朝日新聞から引用します。

モナコ公国のモンテカルロでこのほど開かれた第27回モンテカルロ国際テレビ祭で、NHK特集「調査報告 チェルノブイリ原発事故」がニュース部門のグランプリに当たるゴールデン・ニンフ賞と、自然保護に関する優れた作品に贈られるレーニエ3世賞を合わせて受賞したとNHKが15日、発表した。
同作品はチェルノブイリ事故の原因と事故による地球の汚染状況を、NHKスタッフが実地調査をもとにまとめたもの。昨年9月26日、29日の2夜にわたって放送された。NHKのゴールデン・ニンフ賞受賞は初めて。(引用おしまい)

電力会社とか財界のお金が入らない公共放送にこそできる番組です。スタッフを東北に送って、地球の汚染状況を伝えて下さい。期待しているんだよ。

2014/06/09

戦時にみる朝日新聞のゆるやかな自殺(2)

前項からの続きです。戦争推進の立場に立つ、朝日新聞の自傷行為というか、ゆるやかな自殺はまだ続行されます。以下に引用します。

1944年7月7日
日本新聞会の決定により用紙節約のため従来週2回の2頁を月、火、木曜(但し今週に限り月、木、金曜)の3回とすることになりました。御諒承願ひます。(引用おしまい)

紙がありません!新聞はますます薄くなっていきます。「御了承」が「御諒承」になることがあるぐらいで、おしらせはだんだんひどくなっていきますね。さらに続く地獄への一本道。引用します。

1944年8月31日
最近の用紙事情に鑑み、本社は今回日本新聞会の決定に依り9月1日より毎週、水曜、土曜日付は4頁、其他(そのた)は2頁として発行致すことになりました。御諒承願ひます。

戦争のせいで、経営はますますひっぱくしていきます。3月に値上げしたばかりなのに、10月にはまた値上げ。以下に引用します。

1944年10月8日
新聞用紙価格改訂及制作諸費増高のため、当局の許可を得て、10月1日より本紙定価を以下のように改訂いたしますから御諒承願ひます。
1ケ月 金1円50銭(後略、引用おしまい)

こんな状態の企業が読者に、耐え忍びましょう、銃後の守りが大切です、なんて言っていたんだよ。普通の会社なら、いつつぶれてもおかしくない自転車操業ぶりです。悪化は止まりません。坂道を転がり落ちるようです。以下に引用します。

1944年10月31日
最近の新聞用紙事情に鑑み、本社は今回これが対策として、日本新聞会の決定に本づき(ママ)11月1日以降週14頁建(毎日2頁)として発行することにいたしました。(後略)

とうとう毎日が紙っぺら1枚になりました。軍・政府に文句は言えません。彼らと朝日新聞は戦争を引き起こし、大きくした点で一蓮托生(運命をともにする仲間)なのです。
どんどんどんどん新聞が薄くなっていくね。過疎地の回覧板みたい。ここに来て、朝日新聞は読売・毎日新聞と一緒にとうとう読者制限の挙に出ます。以下に引用します。

1945年4月1日
時局緊迫化に伴う新聞用紙事情に基き(ママ)現在2紙以上の新聞御購読の各位は1紙に限り購読を願ふこととなりました。(後略、3社連名、引用おしまい)

資本主義・企業の利益追求の放棄だね。新聞経営の自殺はまだ終わりません。部数制限が強制化されます。4月29日の3紙連名のおしらせを引用します。

(前略)来(きた)る5月1日を以て之(注・一家庭1紙購読)が徹底を期することになりました。
右は戦局緊迫に伴ふ新聞用紙事情に対処し報道使命の完遂を期さんための措置でありますから各位の御協力を願ひます(後略、3社連名、引用おしまい)

このころには、本土空襲が本格化。焼け出される新聞社も出てきます。5月28日のおしらせを引用します。

読売報知、東京新聞本社焼失につき両紙の復旧までその発行部数は毎日、朝日両新聞社において分担印刷頒布することになりましたから御諒承願ひます。(後略、引用おしまい)

もはや新聞社の競争原理も失われていますね。互助会です。読売報知と東京新聞に、元々の販売部数分のお金を補てんしたのかな?薄くなってさしたる中身もないのに、朝日新聞はまたまた大幅値上げを断行します。1部あたりの価格も倍になりました。1945年7月1日のおしらせを引用します。

新聞製作諸費及配給等増高の為当局の許可を得て、本紙購読料を7月1日から次の通り改訂致します。右御諒承願ひます。
1ケ月 金2円70銭 1部 金10銭(引用おしまい)

政府の御用報道をするメディアは、「マスゴミ」になるということだね。集団的自衛権への対応で、マスゴミがたくさんできないよう、おじさんは祈っています。

戦時にみる朝日新聞のゆるやかな自殺(1)

NHKテレビ正午のニュースにビックリしました。企業が納める税金(法人税といいます)を引き下げる政府の方針がトップニュースで、次はクジラ肉販売の話。それからやっと集団的自衛権の議論がおまけ程度に出てきました。クジラのお話だって、それで生活している人たちには大事件だけど、集団的自衛権より国民全体にとって大事だとは思えません。みんなが自衛権について考えるのを、一所懸命やめさせようとしているみたいだよ。
マスコミが政府とベッタリゆ着したあげくに、自分で自分の首を絞めてゆるやかに自殺に向かった好例が、戦時中の朝日新聞です。今日は、権力者に都合の良いことばっかり報道してたメディアがどうなるのか、みんなと考えてみたいと思います。おじさんが行く図書館にたまたま朝日新聞のデータベースがあるから、朝日を例に挙げるけど、当時は日本中のマスコミがやっていたことです。こわいよ。
図書館の新聞データベースで、朝日新聞の戦時体制協力記事を探すとキリがないので、今回は太平洋戦争末期の1944ー1945年の新聞社自身が掲載した「おしらせ」だけを拾いました。以下に順番に引用します。

1944年3月4日
戦局の緊迫に伴ひ新聞用紙の消費も最大限に節約し、以(もっ)て戦力並(ならび)に軍事輸送力の増強に協力すべき時であります。仍(よ)って本社は今回政府決定による決戦非常措置要綱に即応すると共に併(あわ)せて配給労務の節減を期する為め(ママ)日本新聞会の決定に基き(ママ)、来る3月6日付より夕刊の発行を中止することになりました。尚(なお)朝刊は4頁(月曜、木曜2頁)とし、編集上最善の創意と工夫を為し、内容充実を図り以(もっ)て新聞使命の完遂に当る(ママ)覚悟であります。何卒御了承を願ひます。(引用おしまい)

戦局が不利になるにつれ、紙やインクは島国の日本からどんどん無くなっていきます。それらを運んでくる船も、アメリカの潜水艦や飛行機に沈められます(通商破壊といいます)。軍隊が民間人を平気で殺すのが戦争です。当時は日米双方でやっていました。
夕刊をやめたらきっと広告の収入もどかんと減るよね。それでも、もう朝日新聞は立ち止まれません。勝った勝った、また勝った、と戦争を推進します。その月のうちに会社のふところがさびしくなってきます。以下に引用します。

1944年3月31日
(前略)今回当局指示により本紙購読料を4月1日より左の通りにしますから御了承願ひます。
1ケ月 金1円25銭 1部金5銭(引用おしまい)

えーっ、夕刊やめたのに値上げかよ!当時はテレビもインターネットも無い時代だから、新聞は情報を独占していました。「御了承しろ」ってこと。

1944年5月1日
今般紙幅の縮小に対応し、記事収容の増量をはかるため従来の15段制を16段制と改め本日より実施しました。(後略、引用おしまい)

紙がいよいよ足りなくなってきました。新聞紙が小さくなったので、記事を入れるスペースを稼ごうとしたんだ。このころには、新聞を配達するための燃料やインフラ、人員にもほころびが出てきたようです。7月のおしらせを引用します。

1944年7月5日
本紙配給については労務不足など困難なる事情下に個別配給に努めてをりますが(ママ)、現在の配給状態について不配、その他不十分な点がありましたら本社または左記宛御申越し下さい。(後略、引用おしまい)

ことここに至っても、マリアナ沖海戦をはじめとして、惨敗を大勝利に替えて報道した朝日新聞の明日はどっちだ?この項、続きます

2014/06/08

チェルノブイリ発福島行・いったい何を食べたらいいの?(2)

前項からの続きです。食品安全検査をパスした農産物は、みんなの家の食卓に上がっても大丈夫なのかな?検査する対象放射性物質はお役所が決めます。検査の性質や内容について、積極的な周知活動がされているのかな?
日本の官僚組織は縦割り構造で有名です。自分とこの都合よく立ち回るのを第一に考えるということだよ。霞が関には、放射能検査をねじ曲げた「前科」があります。1989年7月26日の朝日新聞「科技庁計画の食品放射能公表 農水省の反対で"骨抜き"に」を紹介します。以下に全文を引用します。太字部分はおじさんによります。

科学技術庁が今年度から始めようとしていた、食品中の放射能を測定して公表するという事業が、農水省の抵抗で骨抜きになった。「無用の混乱を引き起こす」というのが反対理由。「自然放射能、人工放射能の量を比べたりすることで、放射能についての理解を深めてもらうのが目的なのに」と、科学技術庁は、霞が関の身内の抵抗に、改めて放射能PRの難しさをかみしめている。
科学技術庁の当初の計画は、スーパーなどに出回っている米や肉、魚、野菜など40品目を購入、人工放射能のセシウム137、134と、自然放射能のカリウムを測定し、公表するというもの。自然放射能のカリウムを測定するのは、人工放射能量を、自然放射能と比較できるようにするためだという。
チェルノブイリ原発事故の後、政府は食品中のセシウムなどの放射能は1キロ当たり370ベクレル以下でなければならないとの暫定基準値を決め、欧州から輸入される食品について検査している。
国内の食品は、全く問題がないとして検査されていない。実際、これまで検査された例からみても、科技庁が対象とする食品の半分は、測定限界(1キロ当たり0.5ベクレル前後)以下になるだろうと専門家は推定しているほど。
しかし、それでも農水省は強く抵抗、結局、自然放射能量のみを測定して公表することになったという。
現在の測定法では、自然放射能、人工放射能、両方のデータが同時に取れるが、人工放射能のデータは、解析せずに倉庫にしまわれてしまうことになる。(引用おしまい)

国民の健康を心配するのなら、ましてや問題がなければ公表してくれるのが筋だよね。混乱が起きるのか、それが「無用」かどうかは、お役所が決めるのではありません。福島の事故を起こしてしまった現在も、私たちの健康と安全は、霞が関の手にゆだねられています。

2014/06/07

チェルノブイリ発福島行・いったい何を食べたらいいの?(1)

「食品安全検査」という言葉に引っかかるおじさんです。ついこないだまでの「原子力安全委員会」につながるウサンくささを感じます。看板の掛け替えでは意味がないけど、本来の目的は「危険農産物除外検査」だよね。
今日はチェルノブイリ(Chernobyl事故でヨーロッパの農家に何が起こったのか、その一端を引いて原子力事故の恐ろしさをみんなと考えてみたいと思います。最初は1986年6月4日の朝日新聞から「ウサギ数万匹 汚染で処分へ」。以下に引用します。


【コモ(イタリア)=AP】イタリア北部のロンバルディア州の州知事は2日、チェルノブイリ原発事故の影響でコモ県内のウサギの肉から許容量の2―2.5倍のセシウムが検出されたため食肉用に飼育しているウサギのうち、生の草をえさにしているウサギをすべて処分するよう命じた。
コモ県は欧州最大のウサギの生産地で、約10万匹を飼育。知事は、生の草を食べているウサギの数や干し草をえさにし、汚染されていないウサギの数は不明としており現在、担当者が処分する数を決める作業に入っているという。処分されるウサギは数万匹になる見込み。(引用おしまい)

原発事故が外国に農業被害をもたらした時、賠償問題はどうなるのかな?「みんなの知識」で調べると、コモ県(Como)はチェルノブイリの西に1600キロ以上離れています。放射能の飛び散り方には、偏西風なんて関係ないんだね。
次は1988年1月30日の同紙「チェルノブイリの影響 羊肉汚染は30年続く 英のウェールズ地方」より。

【ロンドン30日=友清特派員】ソ連チェルノブイリ原発事故のため英国ウェールズ地方の羊肉は30年間も基準以上の放射能汚染が続くという調査報告書を英国農地所有者協会がこのほど発表した。
(中略)放射能雲は翌月の2、3日に英国の北ウェールズ、スコットランドにまで流れ、折からの雨で地上に降り注いだ。このため6月にこれら地方の羊肉の出荷が禁止された。7月から10月にかけ地区ごとに解除されたが、昨年7月に北ウェールズ地方では高汚染が見つかり再び出荷停止され、現在も続いている。
報告書によると、放射能汚染の長期的影響で一番問題となるセシウムについて地中での様子や牧草への移行について分析。問題地域の数万頭の羊の肉の放射能は現在1キロ当たり3300ベクレルだが、これが許容基準の1000ベクレル以下になるには30年かかるとしている。
英国や近隣諸国の原発で大事故があった場合には、ソ連事故より大きな被害が予想されるため、ソ連事故の長期的影響の科学的調査、事故対策を進めるべきだ、と報告書は訴えている。(引用おしまい)

みんなの知識」で、とりあえずウェールズ(Wales)の中心都市カーディフ(Cardiff)を起点として、チェルノブイリとの距離を測ってみました。2300キロ以上離れていますね。偏西風はここでも問題になっていません。日本最北端の宗谷岬と沖縄の那覇市の間が2500キロぐらいだからね。原子力発電は安上がりだと言ってる人の論拠は、一体全体どこにあるんだろう?
この項、続きます

原発事故とこども

世界地図からA地点とB地点の直線距離を検索表示してくれるサイト「みん
なの知識・ちょっと便利帳」に国内の原子力発電所リストが表示されています。自分ちと原発の間がどれだけあるのか、みんな気になるよね。
おじさんは図書館に行って、新聞データベースに「チェルノブイリ 子ども」と検索キーワードを入れてみました。出るわ出るわ。その中からいくつかを紹介します。まずは1992年4月26日の朝日新聞「チェルノブイリ事故から6年 子どもの甲状腺がん急増」。以下に引用します。太字部分はおじさんによります。

(前略)ベラルーシ、ロシア、ウクライナ各国では、放射能被ばくによるとみられる子どもの甲状腺の異常が増えるなど、健康への被害が、潜伏期間を過ぎて目立ち始めている。(中略)
放出された放射性物質の70%が降り注いだといわれるベラルーシの首都ミンスクにある第一病院では、14歳以下の子どもたちの甲状腺がんの手術が、事故後急激に増加。1980年から87年までは、せいぜい1年に1人ぐらいだったのに、88年は6人、89年は18人、90年は33人に増え、昨年は9月までで50人を超えたという。チェルノブイリ原発を抱えるウクライナの首都キエフの内分泌研究所でも、90年の手術が20人にのぼった。(後略、引用おしまい)

みんなの知識」でチェルノブイリとミンスク間の距離を測ると、ざっと340キロ。福島第一原発と東京都庁は230キロ弱しかありません。風向き、地形の違いがあって単純な比較はできませんが、簡単に距離だけで被害の大小を推定するのはあてにならない、ということだよ。
次は1995年3月5日の同紙から旧ソ連だったリトアニアの「チェルノブイリ子どもセンター」医師ダングォーレ・ユシエネさんへのインタビュー記事です。

(前略)去年(注・1994年)、1500人の子どもの検査をした。半数の子の甲状せんに異常が見つかった。ほとんどが事故後に生をうけた。足がなかったり、腕がなかったりする子どもも生まれている。事故との因果関係を聞くと、「もちろん分からないわ。でも……」と、続けた。「その子たちの父親が事故の後、放射能汚染の除去作業に動員されていたことは分かっているのよ」(後略、引用おしまい)

さらに1992年4月26日同紙から「放射能除去で五千人が死亡」より引用します。

【モスクワ25日=時事】25日付の独立国家共同体(CIS、注・ソ連崩壊後の独立国同士の結びつき)軍機関紙「赤い星」によると、(中略)原発事故の放射能除去作業に参加した40万人のうちこの6年間に5千人が死亡、1万1千人が身体障害者になった。民間組織「チェルノブイリ同盟」が公表したもので、被害者はさらに増える見通し。(後略、引用おしまい)

1993年10月30日同紙から「チェルノブイリ事故 子どものがん急増 WHOが影響認める」。引用部の太字は、おじさんによります。

【ロンドン29日=尾関章】(中略)ウクライナや隣国のベラルーシで、この5年ほどの間に子どもたちの甲状腺がんが急増、事故の影響が表れていることを世界保健機関(WHO)が29日、明らかにした。ベラルーシでは、従来の約50倍の頻度に達している。国際原子力機関(IAEA)は同事故について「住民の健康への影響は見いだせない」とする報告書を91年にまとめていた。
WHOによると、ベラルーシでは、子どもの甲状腺がんの年間発生数は多くて3人程度と推定されてきたが、ここ1、2年は、88年以前の平均水準に比べて約50倍に増え、89年からこれまでの発生数は225人に達している。
ウクライナでも、89年以後に甲状腺がんにかかった子どもは158人。昨年から今年にかけては88年以前の9倍程度の発生頻度になっている。
WHOのY・リャブーヒン博士は「ある地方で異常に多いのに隣接地域では少ないなど地域差が大きく、放射能汚染だけで説明しにくいが、これほどの急増は明らかに事故の影響と考えられる」と説明した。
IAEA国際諮問委員会が91年にまとめた「放射線影響と防護対策の評価」報告書では、旧ソ連の統計が不完全であることなどを理由に、一部で出始めていた甲状腺がんの増加を放射能汚染と結びつけることを控えていた。(引用おしまい)

日本政府と東京電力は、旧ソ連よりかなりマシな統計を出してくれるとはわずかながら期待しておきます。みんなはこれでも原発の新設や再稼働を望みますか?日本の原子力発電所を外国に輸出したいと思いますか?


2014/06/03

大国主命、最大の危機

皇族・高円宮典子さまの結婚が決まりました。お相手は出雲大社の神職、千家国麿(せんげ・くにまろ)さん。出雲大社といえば、大国主命(おおくにぬしのみこと)をおまつりする由緒ある大神社です。さぞ地元の信仰は篤いのでしょうね。今日は1879年9月16日の朝日新聞から、出雲大社が荒ぶる民衆から打ち壊しのターゲットにされた時の記事を紹介します。昔の新聞は句読点が極端に少なくて読みづらいので、多少おじさんが付け加えています。

出雲の国出雲郡に悪病進入して、去る1日頃より病者生じたれば悪病除(よけ)の祈禱なりとて出雲大社へ御千度参をなし或は鉦(かね)太鼓を叩いて騒ぎしが、中々病状は衰へず、益々盛(さかん)となれば頑固の村民は大に怒り、全国で一、ニの大社と崇められながら膝元に居る人民を保護する事の出きぬ事なら打ち壊して仕舞へと一時騒ぎしを、同郡の役人が説諭して先づ治り(ママ)たりと。出雲の神も縁談なら保護もあれど、悪病はチット流儀違ひならんと思はる。(引用おしまい)

流行する悪病を退治してもらいたい庶民は、出雲大社に幾度もお参りし、鐘や太鼓を打ち鳴らしてお祈りしたけど、感染は広がる一方。ついには逆ギレして出雲大社の破壊を画策した、というお話でした。「出雲の神も縁談なら保護あれど」とのくだりから、縁結びの神様として広く知られていたことがわかります。
「悪病」とはおそらく、この年多くの死者を出したコレラでしょう。いくら日本一の神社だって、天災疫病は防ぎようがありません。かつての阪神ファンのように、物事がうまく進まないと聖地の破壊衝動に駆り立てられる群衆心理には興味をそそられますが、あまり事件は起こしてほしくないですね。鳴り物を使って懸命に祈祷する姿も、明治時代の出雲郡と甲子園球場は酷似しています。

2014/06/01

オバQ著作権戦争・日本が中国モラルだったころ

商品に付加価値をつけて売りまくるのは、資本主義の基本です。お父さんがベンツだビーエムだ、お母さんがシャネルだヴィトンだとか言っていませんか?
こどもの世界にも昔からブランド信仰がありました。お菓子の包装にアニメのキャラクターを載っけるだけで、商品の売り上げが爆発的に伸びた時代です。1960年代前半に「鉄腕アトム」「鉄人28号」「ポパイ(Popeye)」が三つ巴でお菓子商戦を繰り広げたのが、日本の本格的なキャラお菓子戦争の最初だと言われています。
お菓子の会社は、著作権を所有するマンガ家やプロダクションからキャラをお菓子のパッケージに載せる権利(商標権)を買ってもうけにしていました。
その流れが頂点に達したのが、藤子不二雄の「オバケのQ太郎」のアニメ放送開始時だと思われます。偽物の粗悪なお菓子が大量に発生、大混乱におちいった様を1966年1月16日の朝日新聞が伝えています。以下に引用します。

(前略)他の製菓会社と争奪戦を演じた末、年間数千万円といわれる著作権料を払ってF社(注・不二家)がオバQの商標権を獲得したのは昨年2月。テレビマンガのスタートと同時に、売り上げはぐんぐん伸び「ガムでもチョコレートでも、オバQは、ポパイより十倍強かった」(F社企画部員の話)とか。
ところが、この人気に便乗して、F社の商標権を侵害するオバQのオバケが次々に出現した。有害色素をふんだんに含んだオバQあられ、中には法網をくぐったつもりの"オバOキャンデー" "オバKチョコ"など。
F社の話では、大阪、名古屋方面のダ菓子メーカー40、50社。はじめから著作権法違反は承知の上の計画的な"一発勝負"らしく、一回に40、50万ケースぐらい造って、手早くダ菓子屋に卸す。店頭でF社のセールスマンや問屋の店員が発見して、F社から弁護士が乗込み、残品があれば焼却させるがその時には、残品ゼロというケースがほとんどだという。
テレビ登場の2週間後には、オバQのオバケ第一号が出現、以来、F社が退治した著作権法違反だけで約百件。(後略、引用おしまい)

今の日本では考えられない騒動です。中国の遊園地などで、著作権を冒とくしたインチキ偽ドラえもんなどが話題になったことがありましたが、こうして日本の歴史を振り返ると、「いつか来た道」だったことがわかります。こうしたずさんな商売が我が国から消滅したのは、社会が成熟して「偽物を買うのはダサい」との意識が定着したから。需要がなければ供給する業者もいません。
おじさんが気になるのは、中国にまん延する偽物の山を、中国文明の為せるものと決めつけて、中国文化と中国人をバカにする論調です。
著作権を無視するのは確かに恥ずかしいことですが、それを国民性に結びつける議論は無為です。
オバQ騒動から、いつか来た道なのだと振り返る視点こそ、未来をになうみんなに持ってほしい感覚だと、オバケのQ太郎が大好きだったおじさんは望みます。

52歳の典子は、今

おじさんがまだ少年だったころ、「典子は、今」という映画が公開されました。脚本はあるけれど、障がい者の実話が元になったドキュメンタリー風の作品です。モデルになったのは、サリドマイドという薬のせいで、両腕が無いまま生まれてきた辻典子さん。この映画には、典子さん本人が主演で登場しました。
まだ若かったおじさんは、障がい者が社会で生きていく意義というテーマが理解できなかったために見るのがつらかった一方で、手の代わりに両足を使って日々の暮らしをこなしていく典子さんの姿に涙した思い出があります。
5月30日の毎日新聞夕刊に典子さんの近況が掲載されました。結婚して、今は白井のり子さん。長年勤めた熊本市役所を辞めて、講演活動をしていたそうです(今は終了)。「講演では結婚や子育て、車の運転などの挑戦を重ねてきた人生を振り返り『私は障害者だと思っていません』と胸を張る。彼女が伝えたいのは、もっと普遍的な、今を楽しく生きることの大切さだ」(以上、記事より引用)
今日は、典子さんが成人式を迎えた1982年1月15日にタイムスリップしてみます。翌16日の朝日新聞から引用します。

サリドマイド禍のハンディを克服した熊本市福祉課員の辻典子さん(19)も15日、大人の仲間入りをした。昨年は全国で200万人もの観客を集めた映画「典子は、今」に主演、予想もしなかった反響の大きさに彼女自身戸惑っているが、「この日を再スタートとして本当の意味で独り立ちし、障害者の問題に取り組みたい」と心に誓った。27日が20歳の誕生日。大人の女性として、結婚にも夢をふくらませている。
典子さんはこの日、市内の福祉センターで開かれた約20人の障害者だけの成人式に出席し、一般の式は敬遠。本当は両方とも出席したくないのだという。特別視されたり、騒がれたりするのが困るからだ。「障害はあるけど私は普通の女の子。特別のことをしているように見られるのが負担なの」という。
しかし、映画に出演したことでそれ以前に比べて強くなった、と自分でも思う。「人前で考えをはっきり主張できるようになった。最近は私の立場を障害者のために有利に生かしたいと考えている」
昨年から自動車の運転練習を始めた。両手がなくても免許が取れるよう法改正の準備が進んでいるが、自信は十分あるそうだ。(引用おしまい)

典子さん、当時からまったくブレていません。毎日新聞によれば、自動車運転免許も、結婚も出産も、実現させました。差別や偏見もあったでしょう。映画で有名になったから、やっかみもあったかもしれません。障がいがあることで、内向きになって人前に出るのを嫌がったり、自分本位になったりすることなく、典子さんは常に前向きです。
彼女は母子家庭で育てられたそうです。強く育った典子さんも偉いけれど、障がいを持つお子さんを甘やかさずに、強く強く育てたお母さんもきっとすごい人だったんだね。
話は障がい者に限りません。収入が思うように上がらないとか、学校の成績が悪いとか、そんなことで自分を投げ出すことないよって思えます。
おじさんもとても弱い人間なので、つらい、しんどいことにしょっちゅう悩んでいます。でも、久しぶりに典子さんのことを思い出して、もう少しばかり強くなりたいと思いました。
白井のり子さんの公式ホームページはこちら

2014/05/27

サザエさんのご近所に覚せい剤常用者

覚せい剤の所持と使用の疑いで、有名歌手が逮捕されました。覚せい剤を体に入れると頭がすっきりするなんて言われていますが、すぐに中毒になってやめられなくなるそうです。副作用がひどくて歯が抜けたり恐ろしい幻覚に襲われたりして、最後は通行人のこどもや大事な家族を殺害した陰惨な事件もいっぱい起きています。
怖い毒薬だけど、暴力団がお金もうけのために市民に売りつけます。大人になってもかかわっちゃダメだよ。
今日はアニメでおなじみの「サザエさん」に覚せい剤が出てくるお話です。この4コマ漫画は朝日新聞に連載されていました。1952年12月8日の紙面です。

薬局でサザエさんの知人の作家「カクセイざいをくれたまえ」
作家「あす文士劇をやります。招待券あげましょうか」
タラちゃんをおんぶしたサザエさん「まアうれしい」
作家「これからてつやでせりふのもうれんしゅうです」
部屋で大いびきをかいている作家の先生。ラジオから「きょうカクセイざいをかったかた、あれはスイミンざいでした」とアナウンス(これがオチ)

徹夜するために頭を爽快にしようと覚せい剤を買った先生が、睡眠薬を処方されて眠り込んでしまうてんまつでした。昔の人たちはこれで腹を抱えて笑っていたのかな?
戦後しばらくの間、覚せい剤は普通に買えました。その中毒性が問題になって、厳しく取り締まる法律ができたのはマンガ掲載の1年前です。
この描写に激怒した人ががいました。日本薬剤師協会理事の鈴木誠太郎さんが、この月16日の朝日の声欄に抗議文を投書します。以下に引用します。

サザエさんの漫画は楽しい。が、12月8日は残念ながらくすり屋でカクセイ剤をごく簡易に買えるような印象を与えている。
(中略)あの図を見て中毒者にはノスタルジア(郷愁)を、一般人には簡易入手の錯覚を与え、まことに罪なこととはいえまいか。世論の力であの法律ができているのに、それを否定するようなものが漫画として掲げられることは、かりに実害がないまでも、許し難いものと断定せざるをえない。われわれとしては、この薬物の濫用をなくすために協力しているものとして筆者の反省を求めたい。(中略)筆者の悪意は感じないが、取材に注意して欲しかった。(引用おしまい)

現在の倫理観に照らせば、鈴木さんの言い分は至極もっともです。その後、大きな騒動になっていないようなので、作者の長谷川町子も納得したのだと思われます。しかし、国民的マンガに登場するほど、当時は覚せい剤が身近な存在だったのですね。戦争ができる国に返るのも怖いけど、危ないクスリが蔓延する社会に後戻りするのも絶対に嫌だよね。

2014/05/25

大正時代の朝鮮人差別

運動会の季節ですね。競走や騎馬戦で一等になったら気分がいいよね。
でも、負かした相手が優勝した自分より劣った人間だという思い込みにはまってしまうことがままあります。おじさんを加えた大人にもあります。他人を差別しちゃうのは、恥ずかしいけど、簡単におちいりがちなワナです。
今日は1925年に朝鮮半島で起きた大水害に関係する新聞記事を紹介します。朝鮮に行った作家の中西伊之助が、東京朝日新聞に投稿したものです(8月24日朝刊)。「同情」という言葉が出てきますが、大正時代には災害被災者などへの寄付や救済活動を指しました。「内地人」とは、仕事や移住で日本から朝鮮半島に移り住んだ人たちです。以下に引用します。

(前略)その当時の救済は遺憾ながら内地人に篤く、朝鮮人に薄いのであります。一例を挙げますと水災当時の如きは、とく島危し(ママ)と見た時、東洋拓殖会社は、幾多の救助船を出して島民を救ふたのでありますがそれは、内地人の移民ばかりで、鮮人たちが目前に水に溺れているのを見ても知らぬ顔をしていたのでした。そして内地移民全部が助かると救助を中止したのです。内地人は何等の同情も救いを求める鮮人に施さなかったのです。
そのために、折角助かるものも内地人の優越感の為に、多くの鮮人は救はれなかったのです。
一般人の如きは、東拓社員の冷酷を面罵して却って殴打されたと云っています。すべては内地人本位の救済だったのです。今回の同情金についても尚当局者において十分に公平にしてもらひたい。内鮮人の区分なく十分に公平にしてもらひたいと、鮮人たちは望んでいます。事実にも内地人は既に十分救済せられているのに、鮮人はまだ路傍で困窮しているものが多いのです。
これは、鮮人が数が多いからだと云ふばかりではありません。名ばかりの鮮人救済、同情であってはなりません。名があって実が備はらなければ鮮人は却って反感を持つことになります。(中略)
何事も内地人が先き(ママ)と云ふ迷もうを打破してもらひたいと鮮人は叫んでいます。ーこの事を同情して下すった内地人諸君へお伝へ下さいと云ふことでした。(引用おしまい)

長文でした。お疲れさま。当時、朝鮮半島は日本に併合されていて、その出身の人たちは日本国民だったんだけど、人命救助や救済金はみんな今の日本から渡った人が優先されたというお話です。差別って醜いね。この投稿を読んで、おじさんはよその国の人たちを悪く言ってはいけないと改めて思いました。
中国も韓国も、もちろん米国も、言葉も政治も文化も違うよね。そこを理解する努力をしないで、外国の人たちを悪く悪く言うのはよくないとおじさんは考えます。日本語や日本の社会に慣れていない人たちにこそやさしく接するのが、素敵なことだと思いませんか?

2014/05/23

ディズニーこそ我が皇国の敵

米国の映画会社ディズニー(the Walt Desney Company)のアニメ「アナと雪の女王」が大ヒットしていますね。映画館にいるみんなで歌えるのが新しい集客戦略です。おじさんはトシをとったので、あの歌を聴くといつも、1980年代にヒットしたジャーニー(Journey)というバンドの「Don't stop believin'」という曲を思い出しますが、まあその話はどうでもいいや。
ディズニーは、アメリカとの戦争を始める前から日本の少年少女に大人気だったのですが、優秀なアニメーターで経営者のウォルト・ディズニー(Walt Desney)は戦争が始まると、米国民の戦うぞって気合を高めるための宣伝作品を作りました。みんなが大好きなドナルドが、交戦国の日本やドイツを笑い者にするアニメだよ。プロパガンダといいます。
もちろん当時、それが国内で公開されることはありませんでしたから、放っておけば良いものを、世の中には「ねーわ」って、攻撃しないではいられない人がいるのです。ネットと同じだね。
1944年8月30日に朝日新聞の映画記者が、悪くなる一方の戦況のせいか暑さのせいか、突然逆ギレして、ディズニー映画にいちゃもんをつけます。題名は「米映画の謀略性 侮りがたい巧みな欺瞞ぶり」。ちょっとおもしろいので引用します。

(前略)劇映画の謀略はむしろその間接的効果を重視すべきで、時局に関係ないものでも(たとへば昨年以来音楽映画が量的に増大した)性的扇情性や享楽的なもので第三国を魅惑したり、アメリカが食料豊富で、生活が快適であると思はしめ、アメリカ人は楽天的でユーモアに満ち、残虐を嫌ふと盲信させたりする。
この魔力は一般のアメリカ映画の広義の謀略である。露骨な宣伝とは気づかしめないで、毒を含むウォルト・ディスニィ(注・ディズニー)の長編色彩漫画の如きもさうした謀略の一例といへよう。
(中略)即ち映画資本家は第三国への販路の拡大を喜ぶが故に、命じられずとも進んで露骨なアメリカニズムの撒布に狂奔する。謀略が商業主義と矛盾しない点がアメリカ映画界の特性である。(引用おしまい)

「謀略」を連呼しないと気が済まないぐらい怒っています。でも、このころは対戦国のアメリカが作る映画なんて全然見られないんだから、読者はポカーンだよね。お金をもらって文章を読んでもらっている新聞記者が読者の方を向いていません。いったいだれに読んでほしかったんだろう。偉い人かな?戦争になると戦場にいなくても、みんな頭がおかしくなります。戦争するのは絶対にダメだから、そうならないようにみんなでがんばろう。
おじさんは、こんな風によその国の人や文化をバカにするような風潮になるのが嫌です。戦前はディズニー映画が大好きだった日本人が謀略謀略謀略謀略と攻撃する、ディズニーも過去のアニメを愛してくれた日本人をバカにする。戦争って本当にくだらないよ。
おじさんは寿司や刺身が大好きですが、キムチや中華料理もおいしいと思います。その国の人たちがはぐくんできた文化を尊重できる大人になるのは普通のことです。「普通の国」とは戦争をしない国のことだよ。おじさんも考えるから、みんなにも考えてほしいな。

2014/05/22

チェルノブイリ事故の被害金額計算

1986年にソビエト連邦という国にあった原子力発電所が事故を起こしました。チェルノブイリ(Chernobyl)発電所といいます。
ずいぶん昔のお話だけど、元発電所は現在も危険な放射線を出していて、普通の人は近づけません。事故の重大さを量る国際基準で「レベル7」とされています。世界中の原発事故で、この水準の大事故になったのは、チェルノブイリと福島だけです。
先月23日の読売新聞に、こんな記事が載っていました。一部を引用します。

 東京電力は23日、福島第一原子力発電所事故の賠償に必要な資金として、政府の原子力損害賠償支援機構から1918億円を受け取ったと発表した。
 資金の受け取りは2011年11月から27回目で、総額は3兆8788億円となった。(後略、引用おしまい)

大変な額のお金です。原子力の大きな人災が起こった時、終わらせるのにいったいいくらかかるのでしょうか。ロシア人科学者によるチェルノブイリ事故損害額の試算が1990年8月30日の朝日新聞に掲載されていました。ちょっと長いけど引用します。

二千億ルーブル。一ルーブル二百五十円とすると五十兆円で、ソ連国家予算の四割にあたる。チェルノブイリ原子力発電所事故によって二〇〇〇年までに失われる国内の生産基盤と、財政支出の増大分を合わせた総額を、ソ連原子力発電産業省エネルギー研究所のコリャキン教授がはじきだし、今春発表した数字である。
政府は汚染処理や避難民の移住費用など直接的支出を中心に損害額八十億ルーブルという数字を公表している。しかし算定の基礎がはっきりせず、被害をうけた共和国から「過小評価だ」と批判されていた。そこにけた違いの数字が「体制側」の研究所から登場し、政府に衝撃を与えた。
(中略)放射能による土壌汚染の影響は二〇〇〇年以降も続くが、社会、経済情勢の変化をそんなに先まで予測するのは難しいため、期間は事故後十五年間にした。(後略、引用おしまい)

記事によれば、1平方キロあたり5キュリー以上の放射性物質がある土地が計3万平方キロ。そこの作物・畜産物、稼働中の原発停止、建設中止の原発の供給電力の損失と基本投資の損失、住民避難と新住宅の建設、除染、安全性再評価費用、事故影響の研究と研究センター設置。これだけにそのお金を使うそうです。過大評価?再び記事を引用します。

経済計画の中枢機関(この辺ちょっと省略)のもとに設置された事故に関する小委員会委員長は「たいへん興味深い試算」と評価した。健康被害のはっきりしたデータがないため医療関係費用を含めなかったのに対し、同委員長は「医療費の増大も含めると、被害総額は三千億ルーブル近いだろう」とまで語った。
(中略)放射性物質の影響がなくなる百年以上先までの経済損失は計り知れない。(引用おしまい)

秘密第一だった共産主義国家は、これから発生するかもしれない健康被害を除外した数字を出しながらも、将来の医療費にも言及しました。いまは医療費なんか知ったこっちゃないって感じで損害額を計算に入れず美味しんぼイジメが行われるイヤーな雰囲気ですが、民主主義国家の日本は、きっと医療費予想も計算した数字をちゃんと出してくれるはずです。ソ連より下の隠ぺい体質国家のはずがありません。集団的自衛権なんかよりよほど大事なことです。
福島の事故はチェルノブイリと同じレベル7です。

2014/05/21

1942 米国本土攻撃

日本の社会すべての在り方の基本になる法律があります。日本国憲法といいます。憲法に違反する法律は作れません。その理念に合わない政治や行政をやってもいけません。
九条という項目があって、日本は軍備を持たないし外国とは戦争をしませんってうたっています。自衛隊は国民を守るために戦闘機や戦車を持っているのであって、外国まで人殺しには行きませんと決められています。憲法ができて以来70年近く、政府はそれを守ってきました。
ところが近ごろ、「憲法は戦争してはいけないなんて言ってない。友達のアメリカが困っていたら戦争に参加してもいいよ」と言い出す人たちが現れました。敵ができて攻撃する以上、敵が日本にいる君たち僕たちを攻撃することも考えなきゃいけません。
1942年6月24日の新聞各紙は、日本軍の潜水艦がアメリカ西海岸を三度にわたり砲撃したニュースをこぞって書き立てました。「我が潜艦、米大陸を連日砲撃 オレゴン州西海岸を夜襲」って感じ。
船や飛行機をたくさん沈めて、敵の力をすっかり弱めたミッドウェイ(Midway)海戦の後でも、技術の遅れた敵潜水艦が網をすり抜ける程度のことはできるんです。戦争するならどんなに弱小な相手でも、日本の海岸が攻撃される覚悟でやらなければいけません。
さて、日本人が壊されて一番困る施設は50個以上、全部海岸にあります。原子力発電所ですね。原発は海水を使って冷やすから海沿いでなくちゃいけないんだ。
日本軍の潜水艦攻撃の記事を読んだおじさんは、即時に日本は絶対に戦争なんかしちゃダメだと思いました。原発を持ってる国は、外国といがみ合ったり戦ったりする資格がありません。国土が汚れ放題になって国がなくなっちゃいます。
おじさんでもわかることですから、頭がいい政治家の先生たちはもっとよく理解しているはずなんだけどね。よく考えたら憲法以前の問題だったね。