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2014/07/16

無関心の罪(3)

前項からの続きです。
「無関心の罪」とは何でしょう?事件(事変)が起きてしまった後に、俺は知らなかったで済ませていいのか、朝日新聞笹本記者のルポから考えます。引き続き1942年7月5日の同紙「ハンガリー軍に従軍して(笹本特派員)」から引用します。太字挿入はおじさんによります。
今回の戦争が米英ユダヤ人財閥およびソ連のユダヤ人指導階級に対して行われているのだというドイツのスローガンを忘れてはならぬ。旧ポーランド領各都市には、殆ど例外なくゲットーが設置され、中には十万、二十万のユダヤ人を収容するものがあるということである。
同じユダヤ人でありながら、米英ソ連に勢力を有する同族に較べれば、ゲットーのユダヤ人の生活は天地の差があり、この相違は20世紀における欧州社会の最も怪奇な現象の一つに数えられるだろう。(引用おしまい)
文章大混乱の内にルポは終わりました。結論は出ず、「欧州社会の怪奇な現象」という抽象的文言にて締められます。読者への訴求力がすっかりなくなっています。
ユダヤ人虐殺(the holocaust)の正確な犠牲者数はわかりません。とにかく多数。ナチスドイツが手を下した蛮行ですが、このルポのような判断材料があったにもかかわらず、ただただ座視し続けるしかなかった大日本帝国人民は、犯罪に加担したも同じだと思います。
集団的自衛権が実際に行使され、国民が殺された時、国民がだれかを殺した時に、選挙権を持ついい大人が、こんなものだとは俺は知らなかったと言い出したら、おじさんは、あんなの結局許しちゃったあなたも、止められなかった私も人殺しになりましたね、と返すしかないのかな?
みんなは愚かなオトナにかける言葉がありますか?
無知は罪、無関心は大罪です。