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2014/06/09

戦時にみる朝日新聞のゆるやかな自殺(2)

前項からの続きです。戦争推進の立場に立つ、朝日新聞の自傷行為というか、ゆるやかな自殺はまだ続行されます。以下に引用します。

1944年7月7日
日本新聞会の決定により用紙節約のため従来週2回の2頁を月、火、木曜(但し今週に限り月、木、金曜)の3回とすることになりました。御諒承願ひます。(引用おしまい)

紙がありません!新聞はますます薄くなっていきます。「御了承」が「御諒承」になることがあるぐらいで、おしらせはだんだんひどくなっていきますね。さらに続く地獄への一本道。引用します。

1944年8月31日
最近の用紙事情に鑑み、本社は今回日本新聞会の決定に依り9月1日より毎週、水曜、土曜日付は4頁、其他(そのた)は2頁として発行致すことになりました。御諒承願ひます。

戦争のせいで、経営はますますひっぱくしていきます。3月に値上げしたばかりなのに、10月にはまた値上げ。以下に引用します。

1944年10月8日
新聞用紙価格改訂及制作諸費増高のため、当局の許可を得て、10月1日より本紙定価を以下のように改訂いたしますから御諒承願ひます。
1ケ月 金1円50銭(後略、引用おしまい)

こんな状態の企業が読者に、耐え忍びましょう、銃後の守りが大切です、なんて言っていたんだよ。普通の会社なら、いつつぶれてもおかしくない自転車操業ぶりです。悪化は止まりません。坂道を転がり落ちるようです。以下に引用します。

1944年10月31日
最近の新聞用紙事情に鑑み、本社は今回これが対策として、日本新聞会の決定に本づき(ママ)11月1日以降週14頁建(毎日2頁)として発行することにいたしました。(後略)

とうとう毎日が紙っぺら1枚になりました。軍・政府に文句は言えません。彼らと朝日新聞は戦争を引き起こし、大きくした点で一蓮托生(運命をともにする仲間)なのです。
どんどんどんどん新聞が薄くなっていくね。過疎地の回覧板みたい。ここに来て、朝日新聞は読売・毎日新聞と一緒にとうとう読者制限の挙に出ます。以下に引用します。

1945年4月1日
時局緊迫化に伴う新聞用紙事情に基き(ママ)現在2紙以上の新聞御購読の各位は1紙に限り購読を願ふこととなりました。(後略、3社連名、引用おしまい)

資本主義・企業の利益追求の放棄だね。新聞経営の自殺はまだ終わりません。部数制限が強制化されます。4月29日の3紙連名のおしらせを引用します。

(前略)来(きた)る5月1日を以て之(注・一家庭1紙購読)が徹底を期することになりました。
右は戦局緊迫に伴ふ新聞用紙事情に対処し報道使命の完遂を期さんための措置でありますから各位の御協力を願ひます(後略、3社連名、引用おしまい)

このころには、本土空襲が本格化。焼け出される新聞社も出てきます。5月28日のおしらせを引用します。

読売報知、東京新聞本社焼失につき両紙の復旧までその発行部数は毎日、朝日両新聞社において分担印刷頒布することになりましたから御諒承願ひます。(後略、引用おしまい)

もはや新聞社の競争原理も失われていますね。互助会です。読売報知と東京新聞に、元々の販売部数分のお金を補てんしたのかな?薄くなってさしたる中身もないのに、朝日新聞はまたまた大幅値上げを断行します。1部あたりの価格も倍になりました。1945年7月1日のおしらせを引用します。

新聞製作諸費及配給等増高の為当局の許可を得て、本紙購読料を7月1日から次の通り改訂致します。右御諒承願ひます。
1ケ月 金2円70銭 1部 金10銭(引用おしまい)

政府の御用報道をするメディアは、「マスゴミ」になるということだね。集団的自衛権への対応で、マスゴミがたくさんできないよう、おじさんは祈っています。