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2017/04/03

「ニュースウォッチ9」から考える報道キャスターの私感

視聴者による“ウォッチ”

NHK「ニュースウォッチ9」のキャスターが今日から交代します。まずはめでたい。前任者が、まあ、つまらんかったからねえ。
ニュースに関するキャスターのコメントに、いちいち中身がない。金正男がマレーシアで暗殺された時には、北朝鮮政府の関与が明らかになっていない段階で、かの国の体制批判をする。ひどい国だとは思うけれど、“印象操作”“レッテル貼り”はよろしくありません。それを望んでいる、どこの、だれに向かってしゃべってたんだ?
かと思えば、米トランプ政権とマスコミが対立している件で、「大統領にはメディアの権力監視の役割を理解してほしい」と言い出した際には、開いた口がふさがりませんでしたよ。よその国の権力者の態度を正す前に、まずは日本の総理大臣に向かってお言いよ。悪い冗談で夕食後の茶の間を混ぜ返すのはやめて下さい。
新キャスター陣は、「ニュースチェック11」からスライドしてくる2人です。期待しましょう。それでは、番組のスタイルにならい、その期待のポイントをチェックしていきます。

「台本が苦手」の利点


人気者の桑子真帆アナが午後9時のスタジオにやってきます。アナウンス下手ですよ。へったくそ。時に体を原稿に覆いかぶせるようにして読むクセがあって、声がこもって聴き取りづらい。でも、彼女の場合、それは些事。ベタベタの台本会話が支配的な現在の国営放送公共放送にあって、やらないのか、できないのか、台本通りに番組を進めないのが桑子アナの期待値を高める唯一最大の要素です。
沖縄の海にオスプレイが墜落した日、桑子アナはその出来事を「事故」と呼びました。陸に降りるはずの飛行機が海に入ったんだから、まぎれもない事故です。ところが、その日のNHKでは「オスプレイが事故」は放送禁止用語にされていたらしく、すぐさま「事故ではありません。着水です」と訂正させられたのが残念です。「チャクスイ」なんて中途半端なイミフ言葉でなく、事故を、事故と正直に伝える、このNHKセオリーを気にしない態度は、真の報道アナとなるために今後も貫いてもらいたいものです。
全国デビュー作だったキッズ向けバラエティ「ワラッチャオ!」(BSプレミアム)でも、台本を逸脱した時のシーンがもっとも面白かった。ガチガチの設定と会話が顕著な「ブラタモリ」において桑子編が面白かった原因は、そのフリーな言動でした。「私が今後、報道アナウンサーとやっていくためにはどうしたら?」などと、インタビュー相手に相談する、通常のキャスターではあり得ないセンスは貴重です。そのセンスをもっと磨いて、権力にそんたくする放送局にそんたくすることなく、新番組でもおかしな台本は無視、じゃんじゃん私感を押し出していただきたいですね。
キャスターの私感は報道番組の価値を左右する大事です。1977年、横浜市の住宅地に米軍機が墜落、幼児2人が死亡する事故が起きました。こどもたちの母親も、数十回の皮膚移植手術の甲斐なく、数年後に亡くなります。7時のニュースで母の死を伝えたのは加賀美幸子アナ。涙を流しながら原稿を読む姿、つまりは加賀美アナの私感に、母親の無念や基地問題の理不尽を視聴者は感じられずにはいられませんでした。このブログでは時々、沖縄の基地に関する話題を書くんですが、その興味の原点は30数年前に見た加賀美さんの涙にあります。情報の伝え手の私感は、時に視聴者を突き動かすのです。

キーマン男がキーマン

もう1人のアンカーマンとなる有馬嘉男さんを初めて見たのは「国際報道2014」(BS1)。ニュースの中心は人間にあると、当初はやたら「キーマン」を連発、一時はコメントがキーマン中毒化していました。あんまりおもしろいから以前、大河ドラマのレビューでネタにさせてもらいましたけど、報道スタンスに一貫性を持たせようとする意図はわかります。
地上波に来てから驚いたというか、ちょっと見直しました。トランプ米大統領がWTO(世界貿易機関)を無視した経済政策を宣言した際の短いアドリブ解説は、わかりやすく適切だったし、森友学園問題で籠池理事長(当時)の国会招致を自民党が渋ったことで、総合テレビのスタジオではだれしもが沈黙する中、参考人として呼べと、最初にカメラの前で言い放ったのはおそらく有馬キャスターです。今夜からは、スタッフが当たり障りのないよう選別したヌルいTweet群に、番組の流れがぶち切られるおそれもありません。森友問題や共謀罪審議のキーマンについて、私感をじっくりたっぷり語って下さい。
期待の根拠はもう一つ。前任の「国際報道」を去る時の引き継ぎ回がなかなか良かったんです。病没した黒木奈々リポーターの追悼コーナーをわざわざ設けて放送しました。あったかい番組だな、と感じ入ったものです。
独りよがりではないプログラムへの愛情は、視聴者への配慮へもつながります。「国際報道」は、チェルノブイリの石棺の前でリポートする記者が、今後数十年間で4千人が放射能禍で死亡する予測を述べるなど、福島原発事故を抱える日本の地上波ではまず流れない情報を伝えることもあります。番組愛は視聴者愛でもあります。

宮田輝の番組愛

今日は、数々の番組を仕切った往年の名アナウンサー宮田輝の番組愛の一端を紹介することで、「ニュースウォッチ9」が心配りの効いた、しっかりした報道の報道と呼ぶに耐えうるプログラムに変身することを願います。
年末の「紅白歌合戦」が終わると、宮田は自宅に関係者を呼び、即日反省会を開いていたそうです。堅苦しくなく温かい宮田夫妻の気配りが、紅白のクオリティと人気を支えたのですね。
1973年11月29日付の読売新聞夕刊「宮田家で紅白反省慰労会」より引用します。
宮田輝が今年もNHK「紅白歌合戦」の司会者になった。ところで一般にあまり知られていないようだが、東京・世田谷の宮田邸で毎年恒例のように「紅白反省慰労会」というのが開かれる。奥さんの恵美さんが世話役だ。
「紅白――」はご存知の通りナマ放送だから、出演者もスタッフも「番組がどんな出来だったか」自分の目で見ることができない。それで、毎年恵美さんが自宅のビデオテープ・レコーダーでしっかり録画しておく。
この日は10畳、6畳、台所とぶち抜き、ビール、ウイスキー、日本酒、おせち料理のサラを並べたテーブルを出す。約50人分。宮田が衣装係までスタッフを連れて帰るのは「ゆく年くる年」も終わった元日の午前1時ごろ。
紅白司会をやった佐良直美や水前寺清子も来たりする。みんなでテープを見て楽しみ食べて飲み、疲れると勝手に毛布を出して昼ごろまでザコ寝する。子供のいない恵美さんがみんなを子供のように世話する宮田家の越年。(引用おしまい)
先人くるしみ無きにあらず。家庭用録画機器などない時代に、高価なレコーダーを購入して、皆で楽しみながら番組反省会を開いた宮田輝の仕事への愛情は、放送局のどこかに現在も引き継がれているのでしょうか?
今夜の放送、「安倍内閣には権力監視の役割を理解してほしい」くらいは言ってほしいですね。