コピー禁止

2016/06/14

ベッキーを“第二のピンク・レディー”にしてはいけない

“社会の不寛容”という言葉を初めて認識したのは、アメリカ渡来の嫌煙運動が盛り上がりを見せていたちょっと昔のこと、筒井康隆さんのコラムでした。それが、今では日常ですね。
周囲に迷惑をかける(と思われる)者は徹底してたたく。最近では自分と意見を異にする相手には、その差異を聴いてみたり考えてみたりせず、脊髄反射的に見境なく集団化して襲うのね。全体道徳主義ともいうべき精神の一本化が気持ち悪いなあ、と感じたのは、タレントのベッキーさん復帰記者会見でした。
テレビでダイジェストを見ただけですが、恐ろしさは十分に伝わってきました。
「もうこういうことはしないですよね?」
「これから恋愛にどう向き合っていくんですか?」
デリカシーとかリテラシーといった精神が、質問から飛んじゃってます。メディアスクラムを超えた集団リンチ。
たかだかタレントの不倫ですわ。仕事、人格、今後の人生までマスコミに奪われるほどのもんじゃありません。当事者の周囲が見る地獄はともかく、赤の他人には、筒井さんが問題視した嫌煙家たち言うところの受動喫煙ほどの迷惑もかけやしません。かつては愛人を囲ったスターや人間国宝なんてゴロゴロしてましたよ。タレントは社会の範たれ、なんてだれも思っちゃいませんがな。
あるワイドショーなんか、ベッキーさんの話題直後に嫡外子のいる歌舞伎俳優が出演してる不動産管理会社のCMを流して、視聴者失笑。テレビの正義感なんてその程度のもんです。乗せられてネットでたたく方に加担するとバカを見ますって。っていうか、バカに見えますって。
ベッキーというタレントさんはお笑いトーク番組のゲストで数回見たきりで、それもさほど面白かったわけではありません。従って個人的な興味はないし、見るべき芸能を持っているかどうかも不明ですけど、彼女を人間として全否定できる有資格者なんていやしません。興味がないタレントを擁護するのも変な話ですがね、将来のある一女性が寄ってたかって電波とネットで手ごめにされるのを見物するのは気持ちのいいものじゃない。もう一度言いますが、たかが不倫です。
有名人攻撃は昔から存在しました。インターネット誕生以前、自然発生か、意図されたものか知りませんが、うわさにつぶされた超大物デュオがいました。ピンク・レディーです。1976年のデビュー以来、10枚のミリオンセラーを含む1800万枚のシングル盤、300種のキャラクター商品、単行本売り上げ6億円、ピーク時のCM11本など、その人気がいかにすごかったかがわかります。40歳を過ぎていまだにピンク・レディーの振り付けを体が覚えていると、やってみせてくれた女性が周りに複数いるくらいですもん。
彼女たちは1979年に入って人気が急降下、1981年3月に解散しました。その人気の凋落は本物だったのか検証した、1981年3月26日付の読売新聞夕刊「さよならピンクレディー」(寺村敏記者)より引用します。年号は昭和です。
(前略)が、そんな2人の“危機説”がささやかれ始めたのは53年後半から。レコード大賞を受賞した年だが、大みそかのNHK「紅白歌合戦」の出場辞退、「チャリティー・コンサートを、という考え方はわかるが、どうして出ない!」と批判をあびたことに始まる。
そしてアメリカでのレコード発売に力を入れた翌54年からは下降線をたどり、昨年3月、彼女たちのショーがNBCテレビで放送され「さんざんだった」と伝えられてダメージを受け、秋にはついに解散宣言することになったのだが……。
<うわさ>というのはこわい。彼女たちを打ちのめしたのは「アメリカでレコードがダメだった」「テレビショーはさんざんだった」という二つの<うわさ>である。
レコードは全米チャートの38位。内容はともかくとしても立派な記録である。そしてテレビショーの方は6回シリーズの最初の視聴率が20%以上でまずは大成功だった。
それが、あちらで「アマチュア、学芸会並み」などと批評され「回を重ねるごとに視聴率がダウン、打ち切り」と伝えられたために結果的には「失敗」という評価。そのうえ国内では「さんざんだった」という<うわさ>が広まってしまった。
が、もともと<やれるところまでやってみよう>という本人、スタッフの心意気で始まったもの。とすれば、38位、20%という数字は実は<大成功!>だった。(引用おしまい)
全米チャート38位、立派です。テレビショーの視聴率20%、家庭用録画機器の普及が進まぬ時代に大したものでしょう。ネガティブな情報が他人の人生を狂わせるのは昔から。ピンク・レディーを殺したのは世論でした。うわさでした。「うわさ」の加速装置となったインターネットは、さらなる被害者をより多く、より早く生みかねません。利用には慎重でありたいですね。
全体道徳なる言葉があるのか知りませんが、その気味の悪い空気がまん延しつつあるのは皮膚感覚でわかります。ベッキーさんの後にも不倫ゴシップは山盛り。一般人にすぎない、行方不明になった北海道の男児とその家族を攻撃するような言論がすでに見受けられます。
ベッキーを、市井の人たちを、第二のピンク・レディーにするもしないも実体の見えないネット次第。その透明人間から、ウォンテッド(指名手配)され、モンスター攻撃を受けた人たちが、S・O・Sすら出せずに、解散したデュオの二の舞いとなるのを見たくはないんですよ。