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2016/03/20

「真田丸」第11回感想 「まとまらぬ祝言」

「鬼平犯科帳」の時代劇感覚

BSフジでやっている「鬼平犯科帳」の再放送、これが結構面白いんです。食通だった池波正太郎の原作ですから、作中の料理が季節感を表しています。軍鶏鍋屋の亭主が、「初物でございます」と出してきたスイカを、鬼平がうれしそうにほおばる場面に、「時代劇ってこうだよなあ」と感じ入るのです。
「真田丸」第11回のタイトルは「祝言」にござる。漢字2文字ならタイトルは何でもいいってもんじゃなかろうて。三谷幸喜さんは疲れているのでしょうか。まあ、結婚披露宴での季節を感じる料理に期待しましょう。
小県衆の室賀正武は、浜松城で徳川家康から真田昌幸の暗殺を持ちかけられますが、折よく城内に居合わせた昌幸の弟信尹に密会の現場を見とがめられます。家康、アホなん? 後に関ヶ原で謀略家の名をほしいままにした賢将が、こんなに情報戦にうとい馬鹿として描かれるとは。三谷幸喜さんは疲れているのでしょうか。
地侍の家の娘との結婚を家来に打ち明ける主人公信繁。よけいなことを言った矢沢三十郎を佐助が突き飛ばします。昌幸の叔父の息子が下忍と友達付き合い。何じゃ、この時代劇。階級制度が成立していません。息子の結婚相手の身分の低さを問題にする母親は、まず真田家全体のヒエラルキー再構築を叫ぶべきです。
前週、徳川と北条の広間に敷かれていた使い回しの畳にどっかと座った父親は、大喜びで結婚を承諾。真田家でただ1人、家格を気にする母の説得に尺が割かれます。
高畑淳子さんの演技に一部で批判があるようですが、これは筋違いだと思います。テレビの高畑さんはどんな場面であっても、“The 高畑淳子”である(でしかない)人です。制作サイドだって、それがわかって起用しているはず。高畑さんに不満があるならば、起用したプロデューサーの責任として考えるのが筋でしょう。
ここは俳優がどうこうというより、エピソードとしてつまらない。不要ですね。終いには前週上杉のモブが持っていた、木製の刃であることがモロバレの長巻が再登場。この日、裏で再放送していた「鬼平」では、渡辺いっけいさんが蟹江敬三を刺すシーンで、本身と思える短刀のアップが迫力と緊張感をかもし出していました。NHKの美術は、大昔のフジテレビと松竹に負けていいんですか。

時代劇が守るべき枠

長澤まさみさんは可哀想ですね。役である「きり」の境遇ではなく、薄っぺらいキャラしか与えてもらっていない点で不憫です。「(結婚式は)一生に一度のことなのよ」なんて、感情の持ち方が戦国ではない。時代劇ではない。「きり」の存在が、作劇中のノイズにしかなっていないのが残念です。
本題の室賀返り討ちの策謀は、浜松のウナギの話からスタートしました。大河ドラマがご当地名物を宣伝するのは近年のお約束ですが、浜松がウナギの名産地になったのは、養殖が始まった明治後期以降。時代劇には時代劇が守る枠があってしかるべきでしょう。三谷幸喜さんは疲れているのでしょうか。そういやウナギにも旬がありますね。浜松来訪は何月だったんでしょう。
季節の酒肴が映らず酒しか登場しない祝言が続く中、討たれる時間が近づくにつれ、室賀は良い人になっていきます。現場には「きり」登場。にぎやかしですね。このシーン、視聴者は昌幸vs.室賀の会話が見たい。ノイズっ子は不必要です。長澤さんが不憫です。
吉田羊さんのコミカルな出番と修羅場との切り替えも失敗。なぜ信幸のアップから仕切り直す? ここでの主役は昌幸&室賀なんです。昌幸の「わしの家来になれ。それ以外の逃げ道はない」とのセリフも残念。“逃げ道はない”との言葉は親友が交わす言葉ではないでしょう。返す室賀のセリフもカラッポでした。これじゃ昌幸に斬りかかる根拠にならない。とどめを刺される直前に室賀の表情を撮ってあげない演出もナゾです。かくして、真田昌幸の幼なじみ室賀正武は、そこらのモブのごとく、ドラマから退場していきました。「あなたたち、いいの、これで?」と男どもを詰問するノイズっ子のおまけ付きでした。
あなたたち、いいの、これで?

大友柳太朗の思い

「真田丸」を見ていて感じるのは、時代劇はこのまま滅びの道を歩むのではないかとの危ぐです。もちろん、映像劇は現代の価値観をもって作られるべきです。しかし、民放の連続ものが姿を消し、その最後の牙城である大河ドラマですら、舞台だけをその時代に借りて現代劇を放送しています。時代劇の醍醐味を視聴者に魅せつけ、その復活の気概をだれか燃やして絶やさぬものか。
1960年代も半ばにさしかかかると、テレビに食われた映画から、時代劇が激減していきます。東映の剣劇スター大友柳太朗も、それまで断っていたブラウン管時代劇に盛んに出演するようになりました。でも、それは仕事に食い詰めたのが理由ではなく、大友の時代劇へのひたむきな情熱がさせたものでした。1966年10月24日付の読売新聞夕刊「テレビにかける大友柳太朗」から引用します。
(前略)大友柳太朗が、テレビの時代劇に初めて出演したのは、一昨年6月、日本テレビのスター劇場で放映された「止むを得ずんば」だった。昨年出演した「三匹の侍・静浪流転」(関西テレビ製作)は、先月再放送され、今春まで続いたNHKテレビの「赤穂浪士」では、浪士の最期までを世話する堀内伝右衛門という役で、最終回までの3回に顔を出していたから、記憶している人も多いだろう。
さらに、今月にはいってからは、たて続けに2本の作品のビデオどりをした。
一つは関西テレビ製作の「土性っ骨」で、フジテレビでも放映している連続ドラマだが、このうち第9回“沢正の鐘”(11月1日午後10時から)の中で新国劇の生みの親、沢田正二郎を演じている。
(中略)大友は、昭和5年に新国劇に入団、11年映画界へ移るまで辰巳柳太郎の弟子として舞台に出ていたから、沢正は“おじいさま師匠”ということになる。
「わたしは沢田先生の舞台を見たことはありませんが、新国劇の創始者でもあり、この役は光栄であると同時に、責任が重いと感じています」と語る大友は、この劇中劇で、時代劇をやることができるのがうれしいという。
さらに「新国劇当時から、刀に縁のある時代劇が私の本業でしたし、この道以外、わたしの生きる道はない」と信じているそうだ。そして、時代劇は、決して滅びないと確信している。
「物には波がある。これまでは、時代劇の全盛期が20年も続いた黄金期だったが、いまが時代劇にとっては試練のときだ。このときにこそ、いろいろくふうし、いままでになかったものを出していくことが大切なのではないだろうか」
また、映画でもテレビでも、見る人に感動を与えることで存在価値があり、その感動とは、おとなでもこどもでも当然持たなければならない善意を基調にしたものだ。そして、時代劇は、こうした“サワリ”をもっとも強く出せるものだし、日本人が愛着を感じるものがあるはずだという。
「時代劇映画は確かに少ない。しかし、東映歌舞伎で舞台に立ってみると、熱狂しているファンが多いことがわかる。だから、映画が下火なら、テレビの時代劇で一生懸命やれば、また時代劇のおもしろさが再確認され映画にはねかえってくると思う」と言い、「先輩から時代劇のよき時代にバトンタッチを受けたわたしだから、同じ状態で後世に渡していきたい」と語っている。(引用おしまい)
時代劇映画を愛し、復興を夢見た大友柳太朗。現状を見る限り、その夢は夢と終わったかに見えます。今や大友が受けたバトンのありかすら不明です。時代劇は映画のみならずテレビからも消えつつあります。大河が時代劇のスピリットからはずれた作劇を続ける今、長い歴史とともに積み重ねられた伝統や技術すら、このまま失われてしまうのか。
今回のラスト、真田信繁は言いました。
「私はどこへ向かうのですか」
兄が答えます。
「悩め。それでも前に進んで行くしかないのだ」
この言葉は、わずかに灯る時代劇の火を守る、作り手たちへの視聴者の問いかけでもあります。