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2016/02/11

清原和博“容疑者”をつくったのはだれだ?

元プロ野球選手の清原和博容疑者が覚せい剤所持の疑いで逮捕された事件で、嫌な気分にさせられるのが、テレビタレントあたりの「あれだけの実績を残した選手だけに残念」といったコメント。「だけに」? 元スターなら特別扱いか。仲間意識か。一般人が事件を起こせば、何も知らないその人格をワイドショーでたたきにたたいてきたテレビが、何言ってやんだ、とあきれます。
毎日新聞のスポーツコラム「寝ても覚めても」(冨重圭以子専門編集委員)9日付夕刊では、同容疑者を甘やかさず突き放しています。
実のところ「なぜ」は、知りたくもない。いくら同情すべき点があろうとも、覚醒剤に手を出す理由にはならない。作曲など何かを創造する人が強いプレッシャーを感じようが、アスリートが全盛期のパフォーマンスができなくなったのがつらかろうが、家庭生活が破綻しようが、全く理由にならない。(引用おしまい)
冨重さん、まさにその通り。清原和博という個人がクスリに手を出した動機などは、問題じゃありません。「なぜ」を追及するならば、それは事件を個人の問題に収れんせず、“清原容疑者”を生んだ背景の検証であるべきです。それが今後のスポーツ界の薬物汚染防止につながるでしょう。歴史ブログの端くれである本欄としては、清原容疑者とその周辺史を、新聞の縮刷版から振り返ってみることで、その点について考えてみます。
西武ライオンズに入団した清原容疑者は、21歳の時に高級車フェラーリ・テスタロッサを購入したそうです。380馬力のスーパーカーは、日本国内の法定速度では実力の3分の1程度しか発揮できない化け物。ハタチを過ぎたばかりの世間知らずの若者が乗り回して良いモノなのか。管理者である球団は、交通事故や選手の増長のリスクを考慮しなかったのでしょうか。当時の取り巻きスポーツ記者連も直接本人を、または筆をもっていさめなかったのか。ワイドショーは、お得意の口調でたたけば良かったのにね。
西武は2000年、松坂大輔投手の無免許運転と駐車違反を、広報担当者が身代わり出頭することで隠蔽しようともしました。2007年には、大勢のアマチュア関係者を巻き込んだ有望選手獲得目的の裏金問題が発覚しています。
現在の埼玉西武ライオンズがどんな体質なのかわかりませんが、清原選手を“育てた”西武は、スポーツマンシップや社会人育成といった言葉がそぐわない組織に見えます。
清原容疑者については巨人在籍時の1999年、暴力団関係者とのゴルフと、それに伴う恐喝を受けた事実が明るみに出ています。ヤクザ相手に痛い目に遭っていながら、後に覚せい剤に溺れる感覚も普通ではありませんが、注目すべきはその際に球団を通じて出した清原容疑者のコメント。
「ファンには、グラウンドでかえしていきたい」
何じゃ、そりゃ。プロ野球はヒットやホームランを打てば、暴力団との付き合いがチャラになる世界なんですか。世間を騒がせた芸能人は「ヒット曲を出すから勘弁して」と言って許してもらえるんですか。サラリーマンが「仕事がんばりますのでよろしく」とあいさつすれば、社会的な問題はなくなるのですか。
球団はこんなコメントで済むと思ったのか。世間は許したのか。西武のみならず、巨人のモラルもこのレベル。人気者は徹底的に甘やかして、社会人教育なんてできない野球機構なら、今後も犯罪に手を染める選手は後を絶たないでしょうよ。プロをめざす少年たちよ、メジャーリーグ行け、サッカーやれ。
10代の少年たちが大金を稼ぐことができる世界には、彼らを常識人に育てる仕組みと厳しい愛情が必要です。今日は、大企業の社長になるべくして生まれた人間が、社会常識のないままその座に就き、会社を窮地に陥れた例を引いて、社会人教育の重要性について考えてみます。
1997年、医療漢方薬大手の「ツムラ」の津村昭前社長(当時)が、商法の特別背任容疑で東京地検特捜部に逮捕されました。ツムラの資産を担保に、金融機関から架空の事業資金名目で70億円(当初の報道では50億円)の不正融資を引き出していました。
後に津村元社長の有罪は確定しますが、発覚当初にカネづかいの一部が判明。そのガキンチョ丸出しの買い物ぶりに、世間はあきれました。1996年11月1日付の朝日新聞夕刊「ツムラ前社長 『公私混同』コレクター」から引用します。
(前略)ツムラの風間八左衛門社長によると、同社は一連の不透明な債務保証予約問題が浮上した今年1月以降、社内に調査委員会を設け、津村前社長の個人資産や関連会社の資産などを調査した。その結果、本社近くの分室などにスイスの高級腕時計「ロレックス」が数百個、約4億円分も収蔵されているのが見つかった。
さらに、5月までの調査で、バンジョーが約千本▽ブランド物のフォークギターやエレキギターが計数百本▽ジャズのレコードが数万枚▽フランスの装飾つき高級ピアノ「エラール」が約10台--あることも把握したという。このうち、個人資産として購入したと認定されたのはバンジョーとレコードだけだった。
ロレックスについては調査委員会がいったん、個人資産と判断したが、その後の調査で、ギターやピアノ同様、1987年に津村前社長が不動産賃貸などの名目で設立した子会社「S・N・L・E REALTY CORPORATION」や、88年に設立した美術品販売の子会社「ツムライリュージョン」の所有物と判明した。
最近までラジオ番組のDJも務めていた津村前社長は一時期、ツムラ本社の地下にあるレストランなどでバンジョーの演奏活動をしていた。調査委員会に対しては「バンジョーのうち高いものは1本1500万円。全部で15億円分はある」と語ったといわれる。
ツムラは、こうしたコレクションのうち子会社所有の財産については、処分を始め、個人資産分は会社に預託させている。風間社長によると、バブル期に1台1億円から2億円前後で購入した高級ピアノは、10分の1近くまで値段が下がっているなど、「なかなか簿価では売れない」という。(引用おしまい)
コレクションの中身にア然。ロレックス4億円、億単位のピアノが10台……。常軌を逸しています。いくら金持ちでも、人として信頼できる性格だとは思えませんね。
津村昭氏は創業家の3代目社長。好景気の波に乗って多角経営を推し進めましたが、バブル崩壊とともに会社は左前に。役員会をすっ飛ばして勝手に不正融資に走った末の逮捕劇でした。津村家は経営者としての人間学教育をおこたり、坊っちゃんの欲しがる物をすべて買い与えてきたのではないか、と想像してしまいます。
清原容疑者のフェラーリは、ツムラの腕時計や楽器の鏡です。常勝チームの四番打者であれば、大企業の社長であるから、すべての物欲が満たされてしかるべし、と思い上がったモンスターたちの末路は、いずれもみじめなものでした。
清原和博の「なぜ」を、個人のストーリーで終わらせてしまっては、次の不祥事が芽吹く土壌が改善されることはないでしょう。