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2015/08/13

「花燃ゆ」第32話感想「限界点!」

これ以上は無理。最終回です

「花燃ゆ」の感想は、今回で終了します。
これまで何ダース分ものサジを投げてきました。第32回「大逆転!」をもって、心のサジがついに無くなりました。先週、「もう少し続ける」と宣言したばかりですけど、もう無理、無理なんです。ムリムリムリムリ~っ!
話が全く理解できません。読んで下さる方々がいらっしゃる以上、丁寧な感想にせねば失礼だと、2度見しました。それでもわからない。3度目の視聴をしようか、とレコーダーのリモコンを手にした時に気づいたのです。
いつまでもこんなもんにかかわずらっていてはいけない。世の中は「花燃ゆ」なんかより大切な事象にあふれている。お前は楽しい歴史のお話を書こうと、このブログを始めたのではないのか?  視聴者をナメきったメチャメチャな狂態を放送し、理解の外にあるのは視聴者が悪いと言わんばかりの傲岸な作劇で、制作者が悪いのか、無知な視聴者のトガなのかという、悪魔の証明みたいなドラマに、これ以上、人生を費やす意味はない!
なんだか、椋梨邸での主人公のようなイカレた精神状態だと思えるかもしれませんが、これが本音です。残る気力を振り絞って、最後のイクサに挑みます。俺は生きたど~!  お前も生きど~! さあ、「花燃ゆ」第32回「大逆転!」を見ましょう。

歴史の破壊、作劇の崩壊

高杉晋作の反乱から銀姫を守るボディガードとして、座敷牢に監禁されていた暴れ牛が解き放たれます。女性が200人もいる奥にあって、よりによって、このトラブルメーカーに護衛を任せるとは、人材不足極まれり。映画「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター博士を出獄させて王室の警護にあたらせるの暴挙。案の定、こいつのせいで騒動が持ち上がるマッチポンプが今回の中身です。
牢を出る直前の井上真央さんの表情が、正直言ってブサイク。眼を見開き、半開きの口に締まりがありません。井上さん自身がブサイクなのではなく、演技プランの間違いを演出が通しちゃったというのが問題。女性主人公をきれいに撮ろうとの気がないのか。
反乱を起こす高杉晋作は拳銃を撃って藩士をどう喝します。この時代にダブルアクションリボルバーなのか、オートマチックなのか知りませんが、バンバン撃つガンをよりどころに我が意を通そうとする態度には嫌悪感を覚えます。「天才バカボン」にピストルおまわりなるキャラクターがいました。何かにつけピストルを撃ちまくる警官。当時、あのキャラは国家権力の象徴で、ピストルを権威とした愚かな人物だととらえられたものです。本作の高杉は、ピストルおまわりアイコンに成り果てています。どう喝で兵隊集めるんなら、戦時中の召集令状と変わらぬ抑圧ではないか。何かあると物にあたったり、暴れたりする本作の暴力的幼児性が本当に嫌いでした。
そこへ現れる伊藤利助(博文)。「義のない出世は望みません!」だと。幕末史上お前ほど、このセリフが似合わない人間はいない、と突っ込んだ視聴者が全国にどれほどいたのか想像して、さっそくの失笑です。
タイトル直後、一流のシェイクスピア俳優に、公家さんのアホなカッコさせて、「たかすっぎ」なんてアホな呼びかけやらせるのは、視聴者の方が恥ずかしくなります。マクベスやリア王を演じるべき役者に、かぶりものの馬の前足役を割り振るようなもの。
出陣する馬上の高杉のスローカット。馬の動きといななきがズレまくっていて画面全体が浮いています。1950年代B級宇宙戦争SF映画のようなチープな効果音がかぶさり、高杉の兜飾りが宇宙人の触角に見えかねないシュールさ加減。
声のハリ、文節の切り方、表情を画一化することによって芝居を投げて、女優イメージを守ろうとしている松坂慶子さんに「分をわきまえよ」と釘を刺された主人公。もちろん、こいつが人の言うことを素直に聞くはずがありません。高杉の嫁を捕らえよ、との藩命に逆らい、独断で奥にかくまうやりたい放題。しかも乳児付き。あり得ない展開に視聴者は口あんぐりなのですが、ちょっとまじめに思考すれば、藩の方針に奥御殿がレジスタンスをかましているという意味不明な構図です。前田利家の妻まつを人質として差し出すよう徳川家康が命じたところ、築山殿と側女らが殿様に黙って奥御殿にまつを隠匿。奥を洗脳する前田家サイドの小物女中を中心に、物語が展開する大河ドラマだと言い換えればわかりやすいでしょうか。もはやこんな茶番に付き合う義理はありません。

心理描写も放棄

反乱軍は、食糧も武器弾薬も軍艦も何でも労せず入手できる恵まれた環境にあります。最新の元込め式ライフルに軍艦。しまいには庄屋連が、「幕府の言うことを聞けばわしらの暮らしはどうなることやら」などと言い出し、奇兵隊屯所に大量の食糧を運びこむ始末。お前ら、幕藩体制のおかげで二百数十年もうまい汁吸ってきたんじゃないのか? これだけマイティハンドの反乱軍なら、いっそグラバーんとこで売れ残ってた感じで野ざらしにされてたガトリング砲ももらってきたらよかったのに。連射連撃で藩兵を皆殺しじゃ。史実? そんなもん、すでにカケラもないわ。零戦やタイガー戦車が出てきても、今さら驚きません。
林での奇兵隊ゲリラ戦が始まります。どこで入手したものか、銃弾と火薬が一体化されたカートリッジ式弾丸を使用する最新型ライフルを抱えた敏三郎は、発射時の反動を意に介さぬ棒立ちの姿勢で藩兵を射殺。初めて人を殺した時の後悔とか葛藤、ショックなんてリアクションとしてないのね。視聴者が知らぬ間に、一人前の人殺し戦士になっていました。さびしいキャラだなあ。感情がない人間。
自軍壊走の知らせを聞いた椋梨藤太は、「全軍を街道口に終結せよ」との軍令。この人、政務官だか前線の将軍だかわかんなくなってます。指揮を執るなら、甲冑に着替えろって。
結局、高杉の嫁はなぜか高杉に対する銀姫の人質とすることで混乱深化は一件落着。ただでさえわけのわからん展開なのに、主人公の長兄が高杉を訪ねて和議の押し売りを始めます。駐留所には敏三郎もいるはずですが、当然のように兄弟の交流は描かれません。花燃ゆクオリティは、次なる進化を遂げようとしているようです。
反乱軍の砲撃で産気づく姫。何だよ、新生児がおぎゃーと出てきたら戦闘が止まるのか? 「江」第1回なのか? 「姫たちの幕末」なのか? 緊急事態に「兵糧は足りているのか」と現場を締める高橋由美子さん。「兵糧」って何ですか? 奥で籠城戦でもやらかすんですか? 防火用水も満たすのね。そんなヒマがあったら、さっさと城から兵隊呼べばよかろう。あっ、高杉の妻子がいるから連れてこられないのか。あの女、つくづく疫病神です。そいつを引っ張ってきたヒロインに至るや、厄災そのもの。とうとう「私も奥で生きてるんだから殿様に会わせろ」などとぬかし出すに至っては、松坂正室も「やっぱり座敷牢から出すんじゃなかった」と後悔したことでしょう。世継ぎを盾に、「これ以上だれの命も失いたくないから、新しい命も守る」等、支離滅裂な椋梨邸以来の2回目の発作を起こした時には、斬り捨て御免野山獄送り、いや、島流しくらい決断すべきでした。こうして第32回も、大混乱の「花燃ゆ的カオス調和」のうちに終了したのでした。
もうこんな話についていけないんです。だからリタイアするんです。おかしいでしょ、おかしいと思いませんか?

お着物ファッションショーに見る無気力

粉雪舞い散る功山寺挙兵に対し、奥にはまったく季節感がありません。時系列がまったく理解できません。しかし、「図説大奥のすべて」(学習研究社)によれば、奥御殿では季節に合わせた着物をまとう風習がありました。着物の売れない現代は、そのへんの決まり事がルーズになっているみたいですが、和歌などの教養が求められる奥御殿では、季節外れの柄の着物を着るはずがありません。さあ、さっそくチェックしてみましょう。
まず、綿入れを着ることなく、上級女は皆が打掛ですから冬ではありませんね。懸案の高杉の嫁は桜柄。冬に着用する模様ではありませんから、寒冷期は除外されます。銀姫は桜の帯を締めています。場面が変わると桜の刺繍が入った打掛。奥の門に現れた寿はなんと、秋向きのもみじ柄。産気づくところで、銀姫が今度は波と渦潮が描かれたサマーバージョンをお召しになっています。このお着物、菊と桜ともみじも描かれていて、いったい何月に着ればよいものやら。とどめは、松坂慶子さん演じる都美姫が梅柄で現れました。このドラマ、「人には四季がある」なんて吉田松陰に言わせていましたけど、作品自体に四季がありません。富永有隣風に言えば、生きて腐って呪われています。
最後ですから、言及しておきます。この事態を招いた元凶は、脚本にあります。ド素人に時代劇を書かせたチーフプロデューサーの責です。この士気の低下、演技の崩壊、演出の投げ出し、舞台のワープetc.。すべてプロデューサーがしつらえた脚本家が大河ドラマを破壊しました。
かつてNHKには、優れたライターを大事に育てるシステムがありました。それが、民放にはない優れたドラマを輩出する源泉であったはずです。1982年8月14日付の読売新聞「中継車」から引用します。
(前略)有能な脚本家の不足がテレビ界の大きな問題点としてクローズアップされている。
NHKはその対策として有望な若手作家を育てるのを目的とする“脚本研究会”という制度を発足させた。とりあえず5人の若手を選び、約1年間、月に1回程度現場のディレクターとみっちり討論をくり返しながらシナリオを書き、修業に励んでもらおうというシステムだ。
ドラマ班の伊神幹担当部長は「シナリオ作家の平均年齢がどんどん高くなる一方、若手の伸びがいま一つパッとしない。有能な若手にチャンスと修業の場を与えるのが目的。ことしはまだ修業の段階だが来年度にはこの5人にNHKで放送するドラマを書いてもらう」と語っている。
5人はいずれも30歳前後。仲倉重郎さんはすでに松竹の新人監督としてデビューした人、井沢満さんはNHKテレビ「人間模様」、日本テレビ系「木曜ゴールデンドラマ」の脚本を書いた実績を持つ人。川原洋子さん、矢島正雄さんはいずれも日本放送作家協会のシナリオコンクールなどで佳作に選ばれた経験のある人だ。
5人は月に1回、各自にテーマを立てた習作を持ち寄り、プロデューサー、ディレクターやスタッフと討論を重ね、新しいドラマの方向やら作法を研究する。即戦力になる若手を現場で練成するという懇切な作業は、テレビ界では珍しく、また意義のある仕事だ。(引用おしまい)
仲倉重郎、井沢満、矢島正雄各氏とも、今では大家です。「岸牧子」は、現在の内館牧子さんですね。
当時のNHKに存在した、将来の番組制作を見据えた人材育成システム。他局にはできないチャレンジです。この試みを継続していれば、外注した素人脚本家の雁首を並べたがゆえに発生した「花燃ゆ」の大惨事は避けられたかもしれませんでした。
大河ドラマの復権は、本作の制作現場のみに責を負わせれば済む問題ではなく、NHK本体が本腰を入れて現状を考え直すべき事項だと言えましょう。こうした目に見えぬ雑役なくば前進なし。放送局全体で汗をかけ。大汗かいて、視聴者に愛される作品を提出せよ。
大河ドラマならびに日本映像劇の復活を願い、大好きな名優市原悦子さんの言葉を引くことで筆を置きます。
「人生でいちばん大事なのは雑用だ」って言ったのは、彫刻家の佐藤忠良さんよ。人生の90%は雑用だって。それをしっかりできる人が、10%先に行くんだって言った。それ、耳にこびりついている。(「やまんば 女優市原悦子 43人と語る」春秋社刊より引用)
追記:ここまで「花燃ゆ」感想にお付き合いいただき、ありがとうございました。通常運行に戻ります。1話の感想に限定して執筆することは金輪際ないと思いますが、放送終了後の総括、またはどうしても看過できない事故的放送があれば、改めて本作に触れることもあるかもしれません。
映像劇、ことにテレビドラマは、文化的崩壊の危機にあると危ぐしています。本作を通して、その点を考えてみる試みがあったのですが、「花燃ゆ」は一非才ブロガーごときの手には負えない代物でした。ここまで「花燃ゆ」編をご愛読いただいた方々にお礼と、途中退場の無礼に対するおわびを申し上げます。