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2015/06/18

「花燃ゆ内閣」と岸信介

もしも、安倍内閣が「花燃ゆ」だったら……。

「殿、言うことを聞かぬ琉球めが、辺野古防塁の建設を拒んでおります。かくなる上は奇兵隊を送り込み、草莽の声を叩きのめすのも一考かと…」
「奇兵隊ではない。我が軍!」
「翁長琉球王が交渉を求めておりますが」
「じゃが、意を異にする相手の話など聞かぬ。琉球など日教組に同じ。日教組、日教組!」
「じゃが、これでは計画の硬直は必至。一方で憲法学者どもも、奇兵隊の海外派兵に反対じゃと騒いでおります」
「じゃが、志があれば何でもできる。何をしてもええ。じゃが、国の最高権力者の志が、素人学者にはわからんのだ。じゃが、憲法破約、ホルムズ海峡攘夷を決行せねばならぬ。そうせい。早く決行しろよ!」(以上、フィクション)

具体的な事例が挙げられない、人の話を聞かない、ポツダム宣言の史実も知らない。安倍さんのそういうところが、NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」の作劇にソックリなんですね。思想や立法の根拠が理解できない、敵(安倍さん→戦争当事国、「花燃ゆ」→幕府や他藩と列強)の想定がまるで不明、不規則発言が多い(「花燃ゆ」の場合は不規則セリフ)。
自分の言いたいことだけ言って、相手には「早く質問しろよ」と野次を飛ばす安倍さんの国会答弁を聞いていると、モンティ・パイソンの「討論教室」というコントを思い出します。議論するはずが、論敵の否定しかしないって不条理ネタなんですが、これを現実に目のあたりにすると、案外笑えないものです。
直情的なのは閣僚も同じで、「学者はシロート」などと要らないことを脊髄反射的に口走るから、仲間だったはずの先生がたが、「狂った政権を倒せ」と国民をアジり始める始末。
こんなに正直な政治家たちに、外交の駆け引きなんかできるのか、心配になります。
この「花燃ゆ内閣」は、強権的というより、むしろ「本能のおもむくまま」という印象。安倍さんの尊敬する祖父、岸信介がこの政権運営を見たらどう思うのか、今日は考えてみたいと思います。
戦中の1944年7月、サイパンが陥落。米軍機の本土爆撃の危ぐがいよいよ現実となりました。東条英機首相は軍需次官の岸を辞任させ、内閣改造で責任逃れをしようと図ります。
ところが、岸はそれを拒否。当時の内閣制では首相に閣僚の罷免権はなく、閣内不一致とされた内閣は総辞職に追い込まれました。
「昭和の妖怪 岸信介」(田尻育三著・学陽書房 )によると、この一件が東条と岸の東京裁判での生死を分けたとされます。満州で岸の部下だった武藤富男の証言が紹介されています。以下に引用します。年号は昭和です。
武藤は東条内閣が崩壊した直後の19年7月、岸とともに満州を牛耳った「二キ三スケ」の1人、星野直樹(86歳、元満州国総務長官、岸は次長)を訪ねた。
その折、星野は武藤にこんなつぶやきをもらしている。
「岸は先物を買った」
「どういう意味ですか」
「東条内閣を岸がつぶしたことだ」(引用おしまい)
著者はこの行動を「戦犯のがれ」の目的だったと推測しています。日本中が「本土決戦」と大騒ぎしていた1944年の夏に岸信介だけが、東条に批判的な閣僚を自己演出、敗戦後の保身の策を講じたのか。何という読みでしょう。昭和の妖怪の面目躍如。
そして戦後、岸は第56代首相の座に就き、日米安保を推進していきます。戦争に疲れた国民の反発は強く、岸は不人気をかこいます。しかし、ここでも自己演出に長けていたのが、この妖怪。
1960年5月19日付の朝日新聞「記者席 女性の涙には弱い首相」から引用します。
岸首相はこの日(注・18日)、院内で「安保批判の会」の代表と会見した。この会見は首相の方で避けつづけていたもので、この日もはじめは忙しいから3分間だけという約束だったが、代表の一人である松岡洋子女史が日本の将来を憂えて泣き出すといった厳粛な空気になったため、40分間という長時間にわたってしまった。国会答弁には自信のある首相も、女性の涙には弱いとみえて「あなた方の意見には、にわかに賛同できないが、日本の安全と平和を守ろうという心は、みなさんも私も一致しています」と、弁解ともなぐさめともつかぬ言葉で応対していた。(引用おしまい)
安保反対グループの主張など、岸が歯牙にも掛けていないのは明白です。それでも会う。会ってやる。女性の涙は大歓迎。会見時間を延長してやれば、新聞は美談だと書き立てる。大衆は、人間味のある総理大臣だと受け止めるでしょう。
恐ろしいほどに、政治信条と打算を使い分けた岸信介。安倍晋三首相は祖父に習い、キライな朝日新聞を攻撃する国会答弁など止めて、むしろ懐柔するぐらいの態度を取ればよろしい。朝日の番記者もコロッとやられるかもしれませんよ。
愛孫の直情径行型の政権運営を、自らの手腕と比べられたら、泉下の岸は何と答えるでしょう? きっと、こう言いますね。
「I am not ABE」