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2015/04/13

「花燃ゆ」第15話感想「劇を守れ!」

穴を掘りました。それを埋めます。また掘りました。埋め直しました。
生産性のない作業を繰り返すことで、従事者の精神に苦痛を与える刑罰が、その昔にありました。みんなは、15回目を迎えた「花燃ゆ」から、いにしえの囚人心理に近い何かを覚えたのではないですか?
吉田松陰が理由もなく狂っている、井伊直弼がさしたる事件なく激怒している、書庫から物語の展開に直接無縁な本が出てくる、孝明天皇も、清を含めた諸外国も何してるんだかわからない。本作のお約束です。
前回までと違うのは、おにぎりが柿に化けたくらいのもんです。タイムスリップしたおにぎりを朝ドラ「まれ」に大量投入中なので、局内のお米が足りなくなったのかもしれませんね。
佐久間象山、天皇家、尊攘思想の肝、通商条約等の背景等々、オール無視した結果、吉田松陰はただただ忌むべき狂人と成り果てました。地球征服が目的だけど、征服して何したいのか不明な1960年代SFアニメの悪者みたい。
今や長州藩を潰しかねぬ危険分子である、松陰と塾生の手紙のやり取りを杉家の身内に許す桂小五郎、入江九一の家族にダダ漏れの密謀。情報管理にこれだけウカツな馬鹿をそろえて、よくもまあ明治維新が成功したもんです。
狂いっぱなしの松陰に加え、ウダウダするのみのグダグダ集団。それらウスい塾生キャラを補完する目的で、一人ひとりを視聴者に再紹介する小田村伊之助。ヒロインに至るや、お天気とご飯について、いっぱいいっぱい語りたいなどと口走る始末です。テロの首魁が処刑された後、天候と食事の話で歳末まで引っ張る気なのでしょうか?  今年の冬は例年になく厳しくなりそうです。
プライドだけは高いとんま天狗どもに水ぶっかける小田村の嫁に、初めて共感できました。寒風吹きすさぶ日本海に面した萩の正月なんだから、もっと冷たそうな反応演技しろ。えっ、かかってないの?  ヌルい芝居だこと。衣装もなんだか涼しげだよ。
小野為八、どこ行った?  地雷火、地雷火と、ここでおめき倒し、テロの狂気を視聴者に植えつけてこその存在意義でしょ。烏合の衆にあって唯一の輝きを放つ、大量殺りく兵器のエキスパートなくば、日曜午後8時のご維新は成らぬぞよ。乞うダイナマイトどんどん!
トーキョーライフを満喫する久坂玄瑞と高杉晋作は、江戸で松陰の刑死を知るのでしょうか?  師弟関係薄いまんまですが。
血判書が届けば、そりゃ松陰だって期待しますよ。ところが、中身はテロ自重の嘆願。血判は自分らが何か事を起こす際に押すんじゃないの?  他人をいさめる時じゃなくてさ。貧乏杉家の新たな借財連帯保証書かと思いました。
さて、視聴率がひとケタ台に落ち込んでニュースになっているようですが、スポンサーが怒鳴り込んでくるはずもなし、NHKが気にするいわれはありません。おじさんはどんなドラマにも、視聴率を問題としたことはないし、今後とも俎上に乗せる意味を感じません。全体の極々一部のサンプル調査に過ぎぬ数字に、素人が口を挟むのは害にしか非らず。メディアもネットも、話題にし過ぎだと危ぐします。
シチョーリツチョーサがどの程度の代物であるかは、松本清張の「渦」に詳しいです。しょせんこんなもんか、バーカと、ドラマ評価の根拠にするの愚を知るにふさわしい一冊です。
脱線しました。要は面白いか、つまらないかなんです。「宇宙戦艦ヤマト」も「ルパン三世」も、最初は不振で打ち切りです。視聴者の目は節穴ではないから今の地位がある。 ぎゃあぎゃあ騒がれて萎縮した制作が、毎回の数字稼ぎに、その場しのぎのエピを投げ込んで、ますます作劇劣化が進行する方が恐ろしい。この点、素人の批評が守るべき最低限の礼節だと思います。
今日は、NHKのディレクターとして、大河ドラマを含む数多くの作品に携わった吉田直哉のインタビューを引きます。1970年2月25日付の朝日新聞「管理の思想  70年代の百人」から引用します。
(前略)「大衆が好むもの」を放送するのか。それとも「大衆が好むべきだとNHKが考えるもの」をですか。「経験からいうと、こうやりゃ喜ぶぞと思って作った番組、演出はかならず見破られて失敗に終わる。『裏番組をブッ飛ばせ』でイヤなのは、こういうのを大衆は見たがっているのヨ、という発想。自分は別で、一歩下に大衆がいると思っている」。あなたは、どうです?「新番組を作るとき、よく『こういう番組が存在すべきである』と自分にいいきかせている。結果としては大衆の好みに合わせないで、ついてきてもらうことになるかな」。ついてこなければ?「去るものは追わず、です」。
(中略)あなたは催眠術を使うとか。「手品です」。演出でも?「ええ、俳優さんに自信を持たせようと。一種の錯覚ですね。きっかけを与えるだけで」。あなたのドラマに出ると女優がきれいになる、という。「自信が出たとき、ほんとに美しくなる。何か特殊なメーキャップしてるのかと映画会社が調べにきたことがあった。ぼくの手品じゃなくて番組の人気が自信をつけるんです」。不思議だな。「こわい。番組がひとり歩きを始めるわけです」。(引用おしまい)
全文を引きたいぐらい、大切なことがらがたくさん語られています。
「こうやりゃ喜ぶぞと思って作った番組(花燃ゆ:イケメン幕末男子オールスター感謝祭)や演出(花燃ゆ:ハダカで剣道)は見破られる」、「自分は別で、一歩下に大衆がいる(花燃ゆ:時代背景スルーの上から目線→プロット瓦解)」、「こういう番組が存在すべきである(花燃ゆ:テロドラマの必要性?)」、「去るものは追わず(花燃ゆ:あわててテコ入れキャストを投げ込む)」
すでに鬼籍に入っている吉田から、「花燃ゆ」の感想を聞けないのが残念です。昨今の大河は、作っている人たちが面白いと思った上の作品なのですか?  不満ですし不安です。
クリエイターを自任する者であれば、吉田の言う、必要性を感じるモノ、作りたいモノを世に問う姿勢は当然ではないですか?
自己表現の可能性より、目先の数字が金科玉条であって良いのか。吉田のごとき考え方は、もはや異端なのでしょうか?  それなら言いたい。
現場の諸君、狂いたまえ!