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2015/01/08

中島みゆきに歴史あり

テレビ小説「マッサン」の主題歌「麦の唄」の歌詞が、今年に入って変わったと話題になっています。どうでもいいや。あれは残念な歌だと思います。
中島みゆきさんが苦手なのではありません。むしろ彼女本来の歌詞世界を愛しているだけに、聴いていてつらいんです。
1番は、故国と家族と離れ異郷で暮らすヒロインの決意です。2番は日本での魅力的な人々との交流の楽しさや、「美しい国、日本(死語?)」で夫と生きていく素晴らしさを伝える。スタッフの計算ですね。
ドラマ本体が、そこらを何も描けていないこと自体が計算違いなのですが、それを差し引いてもつまらない。ただの状況説明歌詞です。
1960年代から70年代半ばのアニメや特撮番組の主題歌は、だいたいこんな感じでした。
「地球征服を企むA(悪役)から平和を守れ、B(ヒーロー)。C(必殺技)でやっつけろ」
「麦の唄」はこの域から踏み出せていないと言いたい。歌詞のファクターが全部、ドラマからの足し算でできているのもよろしくありません。言葉を削って削るのが中島ワールド(本人も公言しています)。「大好きを探したい」なんて、国語文法までおかしくなってるしねえ。
この朝ドラソングを、かつて現代詩の一流どころが絶賛し、うらやみ、模倣実験まで行った才人・中島みゆきの作品とは呼びたくありません。
彼女が音楽にかける気持ちを語った新聞記事がありましたので紹介します。19781220日付の朝日新聞「マイク78 揺れる歌謡界」から引用します。
ひとりになるのが怖いならガラスの荒地をはだしで突っ走れ……
来春発表する新しいアルバムの最初の詩(注・アルバム「親愛なる者へ」より「裸足で走れ」)は、こんな風に始まるのだ、と中島みゆきはいった。
(中略)中島は半年ぶりに、東京でコンサートを開いた。会場は、新宿の厚生年金会館の大ホール。出来ばえは「ドジってしまった」「(ファンに)申しわけない」「いたたまれない気持ち」とあって、めいってしまったのだという。
(中略)なぜ詩を書き、曲をつけ、自ら歌うのか――“自画像”を語るうちに、その意味がはっきりした。
「歌を作るのは、生きてること、息をしていることを確認したいから。やめれば、恐怖、孤独、だれも助けてくれない。レコードを作るのは、そんな私の自問自答の場。コンサートは、やらないですむなら、部屋で寝ていたい。でも、心の中を人前にさらけ出す、ギリギリに追い詰められたがけっぷち、スポットライトの当たる1カ所だけが、私の場所。逃げ出したい。でも、行く場所もない。だから、私の魂を見てくれと叫ぶ。私は、そういうやり方を通してしか、自分の行き方を変えてはいけない。もっと前へ進みたい、いま以上になりたい、そのために、つらいけど、自分をさらけ出して助けをこいたい」
そんな「真剣勝負」の場で、中島は“ドジった”と悔やんだ。なぜって、大ホールを埋めたあれだけの大観衆との間では、自分が投げかけたものが返ってこない。いや、自分の本音をバラすはずの場で、つい、歌手として自分をよくみせようとして、ファンへの「感謝」を失っていたのだ、と。
北海道なまりが混じる。伝法な口調も飛び出す。一転して、歌の“事始め”が始まる。
「3歳のころかな、隣のねえちゃん引きずりこんで、デッタラメな歌を聞かせ続けた。小学生のころ、譜面を書いて音楽の先生に見せに行ったら、これが“珠玉の名曲集”で、鼻も引っかけられなかった。高校生になると(ボブ・)ディランに(ジョーン・)バエズ。曲を作るなんて、出まかせ的いたずらとしか思われない時代……大学では、だれと組んでもハーモニーがずれるんですわ、私だけが。突然、コブシが回ったりして。組んだバンドは、ことごとくぶっつぶれまして。大恥もかいたな。英語の歌やったら、(聴衆に)外人さんがまじっていて“あれはなまってる”とバカにされ。ただでも日本語がなまってるの気にしてたのに、ああ、あの屈辱」
たくまずして涼風、疾風入り乱れるしゃべり口の果てに、“ガラスの荒地をはだしで走る”自画像の輪郭を見事に描きあげて話は終わった。そして、おどけた。「いまの話は、みーんな冗談でした」。ケラケラと笑って。(引用おしまい)
いいですね。この意気こそが中島みゆきさんです。自己を飾らずさらけ出したい、自分をよく見せようとは思わない。モチベーションが少し曲がっているのも、ひねた女性心理が躍る作品に反映されているようで大好き。まさに「大好きを探したい」ですよ。
昨今ありがちな歌詞の「宇宙」だの「ワールド」なんてよくわかんない、カッコつけた場所じゃなくて「荒れ地」、ガラスの靴をはくのじゃなくて、裸足でガラスの荒れ地を走ってもっと前へ進むのが、みんなが求める中島みゆき像です。「裸足で走れ」です。 昔カタギのアニソンじゃあない。
そんなの、全国の老若男女がくまなく視聴する朝ドラにふさわしくない? それなら最初からみゆきさんに頼むな。「梅ちゃん先生」みたいにしたらいいじゃないの。