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2014/09/02

米倉斉加年夫妻と戦後多数決社会(2)

前項からの続きです。民主主義の原則と言われる多数決に埋没する個人の正義を守らんと抗う夫、その正義を信じて支える妻のお話です。引き続き1977年1月3日の朝日新聞「中年革命」から引用します。年号は昭和です。
42年、第1回の紀伊国屋演劇賞を受賞。同時にNHK大河ドラマ「三姉妹」の中村半次郎役で、広く大衆的人気を獲得した。以来、新劇界を代表する実力派俳優の一人として地歩を固めた。
もう昔のように、やたらにかみつくわけにはいかない。今度は、「有名になったと思っていばるな」といわれかねない。
「沈黙は金。不言実行でいこうと思っています。劇団の若い人たちとも、あまりしゃべらない。迎合しない。話し合って、分かってしまったら、芝居が甘くなります。一緒に仕事をする、その仕事の中だけでつき合う。厳しすぎるというが、それが相手を対等の人間として本質的に尊重することだと思うからです」
去年1年間、NHKの「風と雲と虹と」に興世王の役で出演した。大詰め、興世王が舌をかんで死ぬときがきた。台本では「即死」とあり、演出家もその通りの演技を要求した。しかし、斉加年は納得できないといった。「舌をかんで即死するとは思えない。苦悶したあげくに死ぬべきだ」。本番で彼は、のたうち回るようにして死んだ。
秒刻みの場面割りを狂わせてしまったが、「人間に対する愛情の問題だと思ったんですよ」と斉加年。妻兼マネジャーのテルミは、こういうことのあるたびに製作者側から苦情をいわれ、あやまる役回りである。
だが、42歳の男女共学夫婦の「自由」への共同戦線は、ここにきて、一段と強じんさを増しているようにみえる。(引用おしまい)
プロの俳優とは、すさまじい生き物なんですね。芝居のためには劇団員とも距離を置く。おかしな設定だと感じたら、公共放送の看板ドラマにもかみつく。確かに多数決社会には向かない人だったようです。自らの正義を貫く覚悟を持つ人間は、常識ある社会人とみなされないことの方が多い。こんなタイプ、今でもテレビに出られるのかな?
大方の人は米倉さんみたいな生き方はできません。そんな人生を送りたいとも思わない。でもね、立ち止まって考えることはできると思うんです。
いつも多数決のルールに従って生きていると、思考する習慣を失ってしまいがちになります。みんながそうだから正しいって怖いよ。戦争OK? 赤信号、みんなで渡れば怖くない? 自分の正義感の尺度を考え直す時かもしれません。
信望する正義を貫くため、私を追い込んで、磨いて、自由以外の欲得を放棄した米倉斉加年さん夫婦は、多数決という戦後民主主義を享受する私たちに、厚い宿題帳を渡してくれました。